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20分の道のりに、2時間半かかった話


私には、長年ゆるぎない確信があった。

「私はGoogleマップが使えない人間である」という確信である。

五十代に入ったあたりから、私の中の「できないリスト」は着々と項目を増やしていった。物忘れ。人の名前が出てこない。さっき何をしに二階へ上がったのか、二階に着いた瞬間に消える。その堂々たるリストの筆頭に、Googleマップは君臨していた。

なにしろ実績がある。あれは五年ほど前、大阪に旅行したときのことだ。

私は美容院に行こうとしていた。マップによれば、目的地まで徒歩二十分。二十分なら散歩みたいなものである。私は意気揚々と歩き出した。

そして二時間半後、私はまだ大阪の街をさまよっていた。

途中から、自分がどこを歩いているのかすら分からなくなっていた。マップの画面はちゃんと見ている。見ているのに、分からない。そもそも地図がどっちを向いているのかが分からない。私が右を向くと矢印も動く。よかれと思って動いてくれているのだろうが、こっちはもう、矢印と一緒にぐるぐる回っているだけである。

旅先なので、連絡できる人もいない。秋だというのに汗だくで、足はすっかり棒になっていた。

万策尽きた私は、ビルの駐車場の出入り口に立っていた警備員さんに声をかけた。

「すみません。……ここ、どこですか」

道を聞くのではない。現在地を聞くのである。スマホを握りしめた大人が、現在地を人間に聞く。テクノロジーの敗北であった。いや、敗北したのはテクノロジーではなく私か。

警備員さんに駅までの道を教えてもらい、私は振出しに戻ることにした。人生ゲームなら「スタートにもどる」のマスである。

そうして、ようやくたどり着いた美容院は──泊まっているホテルの、すぐ近くにあった。

すぐ近く。二時間半かけて、私はホテルの近所に到着したのである。

それでも「カットできますよ」と言ってもらえたときは、嬉しくて泣きそうになった。棒になった足で椅子に座り、鏡の中の汗だくの自分を見て、私は思った。二度とマップは使うまい、と。

そういえば、その後うちは引っ越しをした。引っ越し先は、右も左も分からないことだらけだった。スーパーの場所も、ゴミ出しのルールも、どの道がどこにつながっているのかも、何ひとつ分からない。またしても「できないリスト」が火を噴くのか、と思った。

ところが、である。

毎日暮らしていると、少しずつ分かるようになってきたのだ。あの角を曲がるとあの店がある。この曜日はこのゴミ。若い頃なら一回で覚えたことが、五回かかる。十回かかる。でも、十回やれば、覚えるのである。

話を戻すと、あのGoogleマップも、最近少し分かるようになってきた。仕様が変わって親切になった部分もあるとは思う。思うけれど、たぶんそれだけではない。何度も迷って、何度も矢印とぐるぐる回って、そのうちに、なんとなく付き合い方が分かってきたのだ。

「絶対無理」の「絶対」は、思っていたよりゆるいのかもしれない。一回で無理なだけで、十回目には案外できていたりする。

まあ、そうは言っても、次に大阪で迷ったら、私はまた警備員さんを探すと思う。あの人たちは、Googleマップより頼りになる。
*マンガは新宇佐美式で描きました


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