バックパッカーやって意味あった?
整っていない世界への憧れ
今時、日本人で海外へバックパッカーをやる人がどれぐらいいるのだろう。
バックパッカーといえば、身軽な貧乏旅行だ。しかし、この円安の状況では身軽に安い旅行に行くと言うのも若い人には簡単ではない。
ましてや、youtubeやらスマホやらの発達で、海外の映像なんてどこでも誰でも見れるような時代、以前よりは興味のある人も減っているのではないかと思う。
僕もバックパッカーとしては、そんなに沢山の国を回っているわけではない。
アジアの数カ国と、メキシコを半年、フランスで就職。フランスに住み始めてからは、周辺の都市に数回旅行した程度だ。体験としても一部を除いて割と平凡な方ではあると思う。
旅のスタイルは、
基本的に、
「土地については多少調べるが、計画は立てない。
地球の歩き方は持っていくが、宿の予約はしないで現地で選ぶ。
途中で楽しい人に出会ったら一緒に遊ぶ。
安くてうまい飯屋に出会ったらそこに長めに滞在する。」
と言う感じで、今考えるとそんな擬似生活のような体験をしながら、「ここだったら住めるかも」と言う街を探していたのかもしれない。
あと単純に、外国に、<まだ嗅いだことのない空気>の匂いを感じにいってみたかった。
日本のように、全てが整った世界ではない場所への憧れが強かった。
おかしな偶然がよく起きる
僕の旅のスタイルは、言ってみればオープンワールドのゲームと同じだ。計画を立てず、最小限の装備で現地に降り立つ。それから、適当にうろついてクエスト探しだ。アジアの国では、やたらと人に話しかけられることが多いので、クエスト探しには困らない。当然、怪しい人間もたくさんいるし、初めの頃は痛い思いもした。だが、それと差し引いても僕としては結構な唯一無二な体験をしていると思う。
最初にバックパック旅行した国はタイだった。バックパッカーのチュートリアルのような国である。僕もここが最初だったのだが、この最初の旅行で俗に言うシンクロニシティ的なものを体験する。簡単に言うと、出発の前日に家で飲んでいた友人と、1週間後にタイのチェンマイの裏路地でばったり会うというものだった。
出発の前日、友人と
「行く場所とか決めてるの?」
「いや、別に。2週間ちょっとだし、何となく南の方面がいいかなって思ってる程度。」
「俺も仕事辞めてタイとか行きてー。」
そんな内容の会話を交わしていた。
実際には南には全く行かず、1週間後には北のチェンマイにいた。向こうで知り合った、日本人のサーファーのバックパッカーの人と一緒に昼食を食べ終え、細い路地裏の商店街を歩いていると前のバス停にバスが止まった。その中から、出発の前日に一緒にいた友人と非常に似た人間が降りてくる。チェンマイは、バンコクからバスで12時間かかる。友人は、東京で仕事をしていて旅行などに来られるはずはなかった。けれど、着ている服も本人と一緒だ。一瞬頭がバグる。僕は隣のサーファーに、
「あれ、友達に似てるんだよね。」
と、指を差すとその男はこちらをみて驚いたようにサングラスを外した。
「あれ!?」
二人同時に同じセリフ。一瞬バグって止まる。その一瞬の間に僕は、ことを理解した。
「なんでここにいるのかは知らないけれど、仕事辞めたんだな。」
「そう!やめちまった!いや、南に行くって言ってたから逆行こうと思ってさ。そしたら前から来るんだもん!」
いや、逆行くなら同じ国来るなよ。と思ったが、これには強烈にびっくりした。
多分、無二の体験達
今考えると、タイのチェンマイで友達に会った事は、もしかしたらそこまで驚くべきことではないのかもしれないとも思う。というのも、片方は僕がタイにいることを知っていたわけだし、旅行者の行動アルゴリズムなんて単純だろうなとは思うからだ(彼なりに逆張りで北
を選びはしたが)。でも、そういうのとは違うのも結構ある。
バリ島では、魔術師の家に連れて行ってもらったことがあった。色々な魔法の油を持っている魔術師の家だ。バリ島では、白魔術だとか黒魔術の類が未だに生活に一部根付いている。現地で知り合ったバリ人にその話を聞いて、ものすごく興味を示したら車で連れて行ってくれたのだ。そこで、大変にお恥ずかしいながら「モテる油」をもらった。それを塗って、街を散歩するというこれまた恥ずかしい事をしたが、実際に不思議なことが結構あったのだ。ただ、これは、ちょっと有料記事とかでないと公開する気になれない。
メキシコはバックパック旅行の期間としては一番長かったこともあって、結構色々あった。
嘘か本当かはわからないが、現地で知り合ったメキシコ人のお父さんが、スパイだったかもしれないという話。呪いで召喚された、3mの蜥蜴男を母親と目撃したという友人。
ウイチョール族という先住民に魅せられて、その聖地や居住地に一人で行ったりもした。でもサソリが怖くて、直ぐに帰ってきた。
路上で財布を取られた挙句、「メキシコにようこそ!」と警察に強烈な膝蹴りを食らわされた事もあった。
フランスに住み始めてからは旅行は全然しなくなった。でも、ロックダウンを一人暮らしで乗り切った事はある意味で異世界体験だった。その時期に、使わなくなった建物を勝手に改造して集団占拠する、「スクワット」を訪れた。みんな、賞味期限切れで廃棄された寿司を食っていた。
同じ冬、フランスのブルターニュ地方に一度出かけた。
するとその宿は、フランスでは珍しい幽霊屋敷で、ダヴィンチコードの元ネタが生まれた家。パリでは全く見かけることのない、<オカルト好きなフランス人>のたまり場だった。
それでも、色々いるバックパッカーの中では体験としても平凡な方だとは思う。
リスク体験でこそ人は笑う
いつか嗅いだどこかの国の屋台の煙の匂い。同じ匂いを、別のどこかで嗅ぐと突然頭の中で記憶が再生される。それですんごくノスタルジックな気持ちになる。突然レシピをネットで調べて自分でその料理を再現したりする。そんなふうにして、興味の対象や視野は随分と広がったように思う。
一度行ったことのある場所で起きている事、起きたことなどにも興味を多少持つようになる。
あとは、現地の言葉で人とコミュニケーションするだけで、日本語しか話せなかった自分とは違う自分が見えたりもする。これがある意味で、生きやすさや生きづらさの概念と向き合うきっかけも与えてくれる。
旅の道中でたくさんの変な生き方をしている人にも出会えるので、やはり自分を壊したい人にはそれでもきっと沢山の収穫はあると思う。
結果、少なくともやって損した気分にはならないし、面倒でも行けばそれなりに楽しい体験が待っていると思う。例え、初日に食中毒でずっと出かけられなかったとしても、その体験はその後の人生で出会う人ほぼ全員を笑顔にすると思う。
なので、生きて帰ってくるという前提付きで今日でも旅はお勧めする。
