映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』原作ファン目線で絶賛&酷評
ついに公開した『プロジェクト・ヘイル・メアリー』!✊👍
なるほど、映画だけ見たら「ネタバレって何の話?」となるほどの爆速展開。謎解きなし。原作未読ならもう全然、いきなり見に行ったらいいです。数年に一度の大ヒットSF映画になるはず。たくさんの人に劇場で目撃してほしい。
原作者アンディ・ウィアー自らライアン・ゴズリングに原稿を送りプロデュース、『スパイダーバース』シリーズのフィル・ロード&クリストファー・ミラー監督が映画化。アンディ・ウィアーの「火星の人」の映画化『オデッセイ』で脚本を書いたドリュー・ゴダードが今作でも脚色。
この鉄壁の布陣だからこそ出来た、『オデッセイ』に並ぶ、軽快でアツく、万人が楽しめるSF。
一方で、ここまで絶賛に染まることに驚いてもいる。ここでは、映画好きであり原作ファンでもある僕の視点から、この映画化への絶賛と批判の両面で感想を書く。
絶賛
アナログかつ最先端の演出
『マンダロリアン』『DUNE/デューン 砂の惑星』『THE BATMAN-ザ・バットマン-』で知られる撮影監督グレイグ・フレイザーは、SF大作の経験を活かした美麗な撮影を見せる。

未知の現象に出会う興奮を伝える、見惚れるような映像。惑星エイドリアンの大気やオーロラ、ペトロヴァ・ラインの赤い光。
実際に建てられた宇宙船のセット。
グリーンスクリーンとVFXではなく、LEDウォールに実際に映して役者と共に撮影した宇宙。
愛らしい宇宙人のパペット(ロッキー可愛さ爆増!!)。
殺風景な部屋で撮影しVFX処理しただけでは得られない実物感が、突飛な物語に説得力を与える。
宇宙でのシーンをフルサイズのIMAXフォーマットで撮影し、地球のフラッシュバックを通常のワイドスクリーンで撮った工夫も面白い。特に記憶喪失のグレースが最初に過去を思い出す際のワイドスクリーンのノスタルジックな映像と、そこからはみ出す線のようなレンズフレアは今まで見たことない表現だった。
また、フレイザーがDUNEとTHE BATMANでも使ったフィルムアウト手法が使われている。これはデジタル映像をわざわざ実際のフィルムにプリントし、またデジタルにスキャンし直すもの。デジタル撮影にも関わらず物理的なフィルムでしか得られない質感と温かみが加わり、VFXがより馴染む。独特のザラつきで未知の現象の手触りとどこか落ち着く雰囲気が出ていて、温かな物語に見事に合っている。
ストラットとの関係性強化!
終盤の追加シーンがすごく良かったね。
ストラットのカラオケ。ミッションへの覚悟と労りを感じる。より人間味が見えて、地球の話がよりエモーショナルになった。
ラストもミッションの成功をストラット視点で描く。原作ではエリドから太陽を観測してアストロファージ退治に成功したと結論するが、映画ではストラットがビデオメッセージを受け取るところまで見ることが出来る!
また、グレースが原作のように老化や身体の負担を感じることなく過ごしているので、切なさが軽減されている。ロッキーとの心温まるやり取りが増えて、パートナーのエイドリアンが作ったというエリドのドームで幸せに過ごしているんだと飲み込みやすくなっていた。
ここがプロジェクトヘイルメアリー映画化で一番嬉しかったこと。
原作小説を尊重し、高いクオリティーの映像でキャラの愛着や神秘的な光景を体験できる、最高の映画化と言える。でも感想が難しいな〜 不満もしっかりあるんだよ。映画はハリウッドらしい軽快さと巧みなオリジナルシーンがあり、小説には緻密で好奇心をくすぐる仕掛けがあり……
批判
冒頭から超ハリウッド映画
脚本ドリュー・ゴダードの軽快さは「火星の人」→『オデッセイ』のように人物整理とエピソードさばきが上手いんだけど、同時にハリウッド化しすぎる癖もある。オモコロの企画で3時間かけてリアクションを取りながら読んでいた、ステップを踏んで事実を明らかにする1章がたった1分で過ぎ去る爆速展開。ミステリー0のテンポで進み、宇宙船内で一人自暴自棄な生活をする。これは正直やりすぎに感じた。悪い意味でハリウッドっぽい。
この作品の魅力として、たった一人で記憶喪失でも科学を頼りに打開する序盤の存在は大きい。モノローグの洪水はともかく、日用品を組み合わせた実験から「ここは地球ではない」という答えを導くのはビジュアル的にも映画向きだと思っていたので戸惑う。ハリウッド大作らしく自暴自棄をユーモラスに描くより出来ることがあるのでは?と思わずにはいられなかった。
(👆未読なら軽い気持ちで読んでドハマり、既読なら追体験できる良記事)
ストラットの権力と地球の危機が感じられない
グレースとストラットの関係性がエモく演出されたのはいい。しかし、ストラットがただのアメリカ代表役人くらいしか見えない。彼女の独裁的な権力とその罪を背負う決心が完全に消えている。作戦実行後の投獄も覚悟する小説の苦さを消しラストで登場しやすくするため、と考えることはできるが、そんな権力者自らグレースを勧誘する場違いな感覚も、二人の奇妙な信頼関係も薄くなる。
また、地球パートの研究はグレースがちょっとアストロファージ研究結果を披露する程度で、外の様子が全く分からない。将来予測も地球の環境に手を加える世界規模の作戦もないと、この作戦の重要性が薄れ、実験が成功する喜びも、ロッキーの命を優先する決断なども弱まる。
映画としてももう一歩
原作と違うからと文句を言ってるわけじゃない。映画として上手く映像に翻訳していれば文句はない。そこがちょっともったいないんだ。
『オデッセイ』を思い返すと、やっぱり監督のリドリー・スコットは映画の達人だと思い知る。ハッとするようなショットや、緩急をつける間の使い方があった。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』には…… 足りないね。
原作でもグレースはポジティブでユーモラスなんだけど、絶望も深い。なんで教師が宇宙船に?船員が決まってたのにどうして僕が?ストラットの冷徹さを恨んだりして。それでも科学の力で状況を把握し、諦めない。そのアップダウンがあってこそ、相棒に巡り合い希望を見つけたときに感動できるんだと思う。
この映画化は、ポップな感動物語を目指すあまり、そこを平坦にしてしまった。宇宙船のデザインはクールだし、笑えるし、ストーリーは原作に忠実だ。でも緩急が弱い。記憶を思い出してのリアクションもほとんどなければ、発見や失敗を受けてのため息や驚きのリアクションもない。それを映す間もなく話が進むので、ちょっと見落としただけで彼らの実験が分からなくなる。原作を読んだ記憶で補完しないと把握できない映画は、観客を信頼しているというより説明下手なんだ。
友情を描くには
手探りで謎を解くくだりを削除しバディムービーとしてロッキーとの交流を描くことに時間を使った分、感動しやすい話ではある。でもやっぱり、科学を通して互いの文化を知る楽しさが彼らの友情の基盤だ。
映画では互いの睡眠サイクルや寿命、大気の組成や温度など、クライマックスの感動を強める要素までもが、消されている。面白い会話シーンを増やせば友情を描けるとは限らない。
話し合い実験するシーンを十分に作ることで、目標達成の興奮と共により深く友情を感じられる、というアプローチを取るべきだった。

ロッキーは金属工作の達人で、星やペトロヴァライン、宇宙船の模型を作ってくれる。この技術で作戦や実験をホワイトボードの数式ではなく立体的なヴィジュアルとして説明することができる最高に映画向きの相棒。超期待してたんだよ。
で、映画観てどうだった?パペットショーだとかいってちょこちょこ動かして終わり。いや~~~もっと活かせるでしょ。それをせずに、何をやってるのか分からない実験シーンと説明的なセリフで済ませてしまうんですよ。「細かな説明は排除して映画として作ることに振り切りました」と言うなら、ヴィジュアル化したりカメラワークで物語を感じて泣くような演出にしてよね!
「一か八か」計画、その「賭け金」
そんな感じで、軽快なテンポのおかげで体感時間は短いんだけど、「2時間半使ってこれだけ?」とも思う。展開が早く音楽が流れるシーンが多すぎて忙しないばかりで間が十分にないので、あまり気持ちが動かされない。ずっと「そこそこ」楽しい。もっとめっちゃくちゃに面白くできるのに。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」
試合終了間際にえいや、と放つ「一か八かの神頼み」の一投になぞらえて名付けられた計画だ。絶体絶命の地球からの起死回生の光速ロケット発進にふさわしい。
しかしこの「賭け」にどんな犠牲を伴うのか、世界がどれだけ必死に研究し建造したのか、そしてグレースとロッキーがどれほど危うい橋を渡ってきたのかという「賭け金」が低いから、難題を乗り越えたときの喜びも弱まっていると感じた。
巧みな娯楽映画とは、賭け金を上げて上げて期待させてから裏切ったり、予想外の形で報いることで楽しませるものだと、そう思うんだ。
映画を観た後に小説を読むのがオススメ
小説「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を勧める人々がネタバレ厳禁と主張していたのは、何も分からない状態から不屈の精神で知識を得ていく展開にあった。映画ではそれを捨て去りロッキーとの友情にフォーカスしたので、今となっては事前情報なしで体験することは難しいし、ネタバレを気にする必要はなくなった。しかし、小説が無意味になったわけではない。
小説未読で映画を観たみなさんは、時代劇や伝記映画を見たあとに史実を調べるような気分で原作小説を読むとさらに面白いのでオススメ。未知の現象の何がすごいのか、さらっと流された「実験成功」のナレーションの裏でどうやって乗り越えたのか、全編にわたり興奮しながら楽しめる。
地球パートもさらに厚く、アストロファージの大規模繁殖のため地球環境など気にしている場合ではないと常識外れの方法を取ったり、寒冷化の対抗策を練ったり、環境の変化と飢餓の恐怖がしっかり描かれている。これによって、グレースのミッションの重さと大発見の興奮が何倍にも膨らむのだ。
いずれにしても、なかなか流行らないSF小説が広く読まれているのは嬉しいし、SF映画というやたらお金がかかるのに案外観客を集めにくいジャンルで話題作が生まれるのはめでたい。
こういうイベントがないと、Netflixのいまいちな配信映画と、Apple TVの誰も見てないドラマくらいしかSFがなくなっちゃうからな……。
クリストファー・ノーランやドゥニ・ヴィルヌーヴのような巨匠以外もSFを作ってヒットさせられると、さらに色々な作品を見れるようになるので、ぜひ盛り上がってほしい!!!
ノーラン映画などをよく解説されているJoshua Connollyさんのこの記事、映画では省略されていた設定を細かく解説してくれているので、映画で迷子になった方、小説を忘れてしまった方に超おすすめです。
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