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人と比べない、自分軸の生き方【50代】


私は他人と、自分を比べない。
それが今の私の考え方だ。

自分のほうが優れているとか、事情があるから自分のほうが不幸だとか、そういう思考は、一時的に心を守ってくれる。

だが同時に、成長をそこで止めてしまう。

人の人生は、外から見えるほど単純ではない。
語られていない事情が、必ずその背景にある。
比べること自体に、そもそも意味はないのだ。


思考は外に向かい始める

人と比べる癖は、気づかないうちに身についている。

誰かの成果。
誰かの苦労。
それらを材料にして、自分の位置を測ろうとする。

だが、その瞬間から、思考は外に向かい始める。
自分の内側ではなく、他人の人生を基準にしてしまう。

「自分のほうが恵まれている」
「自分のほうが不幸だ」

どちらに転んでも、そこに前進はない。
優越感は慢心に変わり、劣等感は停滞を正当化する。


見えていないものを無視している

人の事情は、表面だけでは分からない。

言葉の裏には、語られていない現実がある。
笑って話している人ほど、深い場所に何かを抱えていることもある。

だから比べること自体が、そもそも不正確だ。

見えていないものを無視して、数字や言葉だけで人生を測る。
それは、自分を誤魔化す行為に近い。


「やれない理由」と「やらない理由」

よく「やれない理由」が並べられる。

忙しい。
環境が悪い。
年齢のせい。
事情は、確かに存在する。

だが、その多くは「やらない理由」でもある。
やる前から、自分に免罪符を与えてしまう。

大抵のことは、本気でやろうとしていないだけだ。

少なくとも、私はそうならないように心がけている。


逃げ場がなくなる

気づいたのは、比べるのをやめたときだった。

楽になるのではない。
むしろ、逃げ場がなくなる。
他人のせいにできない。
環境のせいにもできない。

残るのは、今日の自分が何をするか、それだけだ。

ポジティブでいようとすることは、楽観とは違う。
現実を直視したうえで、それでも前に進む姿勢だ。


比べている余裕など、正直ない

介護があり、仕事があり、思うようにいかない日が続く中で、他人と比べている余裕など、正直ない。

比べるより、今日できることをやる。

それだけで、一日は埋まる。

50代になって、ようやく分かってきた。
人生は競争ではない。
順位も、評価軸も、最後まで確定しない。


一番厳しい選択だ

だから私は、人と比べるのをやめた。

比べる時間があるなら、自分の足元を整える。
それは、自分を甘やかすことではない。

むしろ、一番厳しい選択だ。

今日も、他人の人生ではなく、自分の一日を生きる。
それでいい。
それしか、できない。


読者の皆さまへ 今日できる一手

他人の状況を材料に、自分を評価しない

「やれない理由」を一つ減らしてみる。
今日の自分にだけ、集中する。

それだけで、比べる癖は少しずつ消えていく。
人間というのは数字で図れるほど簡単ではない。

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EX-FAX-CE | NOTE執筆家
「ロスジェネ氷河期的視点 ― 情に生き、言葉で立ち上がる」
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「言葉は、再起動ではなく継続の証」

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