◆私の記録は加古川流域史になるのか?◆387日連続の日誌と221本のブログ記事
私は現在、387日間連続で日誌を記帳しています。
A5版ノート18冊、累計2,045ページ。
さらに、これまでに221本のブログ記事をnoteに投稿し、その内容をFacebookでも発信してきました。
扱っているテーマは、
加古川流域の歴史
三木城
杉原紙
JR加古川線(粟生駅ローカル鉄道資料館構想)
地域イベント
サックス演奏などの音楽活動
地域まちづくり
新しい働き方LAB(第2期~第5期)研究報告
などです。
先日、「このような活動は将来、地域史の資料になるのだろうか?」という疑問を持ち調べました。
すると、意外な答えが返ってきました。
1.日誌とブログは別物ではない!

一般的には、
日誌は個人的な記録
ブログは公開用の文章
と考えられています。
しかし歴史研究の視点から見ると、両者は密接に結び付いています。
例えば、日誌2026年5月16日
加古川駅で開催されている加古川線写真展を見学した。
想像以上に来場者が多い。
鉄道ファンだけではなく、地域住民も訪れているようだった。
という記録を残したとします。
その後、ブログ記事「鉄道愛たっぷり 加古川線写真展を訪ねて」
という記事を書く。
つまり、日誌は一次資料(生データ)であり、ブログは二次資料(分析・整理された成果物)なのです。
2.私の活動はどのような構造になっているのか?

改めて整理すると、
2-1.日誌
日誌には、
・現地調査
・イベント参加
・読書記録
・新聞記事の感想
・アイデアメモ
・研究進捗
などを記録する。
2-2.note(ブログ)
日誌の内容を基に、
・調査結果を整理する
・歴史的背景を調べる
・自分なりの考察を加える
・読者に伝わる形へ編集する
という役割を担っています。
つまり、日誌が根っこであり、ブログが幹や枝葉なのです。
3.地域史の資料になるには何年必要か?

興味深かったのは、「地域史になるために何年必要か」という問いに対する答えです。
一般的な目安としては、
1~3年:個人記録
5年:地域活動記録
10年:貴重な記録
20年:研究対象レベル
30年以上:地域史資料として有力
と言われています。
しかし、重要なのは年数だけではありません。
3-1.すでに価値は生まれ始めている
私の場合、単に歴史を調べているだけではありません。
現地を歩く
史跡を訪ねる
地域イベントへ参加する
サックス演奏を行う
地域活性化を考える
ローカル鉄道資料館構想を検討する
という実践活動を行っています。
そのため、「2020年代の加古川流域で活動した一市民が何を考え、何を行ったのか」を示す記録としての価値が既に生まれ始めているそうです。
これは少し驚きでした。
3-2.歴史資料として価値を高める方法
今後さらに価値を高めるためには、日誌とブログを結び付けることが重要です。
例えば、
日誌には、「note記事 No.216 執筆」と記載する。
ブログには、現地調査日:2026年6月17日(日誌17冊目 p.1958)と記載する。
こうすることで、将来、「どの記録を基に記事が書かれたのか」が分かるようになります。
研究資料としての価値は大きく向上するでしょう。
3-3.テーマ別索引を作る
さらに、Excelなどで
2026/05/01:三木城と美嚢川:記事番号:002
2026/05/09:旧玉置家住宅:記事番号:003
2026/05/10:闘龍灘:記事番号:004
という一覧表を作るのも有効です。
この索引が蓄積されると、単なるブログ一覧ではなく、「播磨地域研究データベース」へと発展していきます。
4.10年後、20年後を見据えて

現在の時点で、
・note記事:221本
・日誌:2,045ページ
・Facebook発信継続中
という記録があります。
もし今後も継続して、
・note記事:500本
・note記事:1,000本
・日誌:5,000ページ
・日誌:10,000ページ
へと発展していけば、それはもはや趣味の記録ではありません。
「2020年代~2040年代の播磨地域文化記録」として、後世に残る可能性があります。
5.おわりに
私はこれまで、「加古川流域史のために日誌を書き、ブログを書いている」と思っていました。
しかし今回の考察を通じて、実際には日誌とブログの両方を使って、地域の変化を長期観測しているのだと気付きました。
387日という連続記録は、まだ長い歴史から見れば始まりに過ぎません。
しかし、18冊・2,045ページの日誌と221本のブログ記事は、確実に積み重なっています。
10年後、20年後、そして30年後。
その時、自分の記録がどのような価値を持つのか。
少し楽しみにしながら、これからも一日一日を書き続けていきたいと思います。
