この状態の人しかわからない話・2
これの続き。
私は『不足は(存在し)ない』と思っている。
不足じゃなくて『不足感』なんだよね。
こっちを「問題視」している。「気分の悪さ」を感じている。
・・・
いま、お試しみたいなことが起こってる。
以前にも似たようなことは何度も経験しているので動揺はほぼない。
昔はそれはもう恐怖だったけどね。慣れましたわ。ホホホ。
毎回「これ、どうするの? どうしたらいいの?」から、
「なんか、わからんけど解決した」ので、人間にはわからんけど
もう「そういうもんだ」と思っている。
現実をガン見すれば「これをこうしてこうなったから」と説明は付く。
でも「そこじゃない」気がする。私は何もしてないし。
『問題を解決しようとしない』という考えを採用してる。
経験上、不足感を持ちながら解決策を探しても、上手く行かない。
別のことをしたり、気分のよくなることに専念した方がいい。
「あ、これ私にはどうにも出来ないヤ〜ツ〜」と思えた時の方が、手放しが早い。
「自分でなんとかしなくちゃ。出来るはず」と思ってること程、長引く。
↑で『自分で「なんとかしよう」としていること以外は、上手く行ってる』ことに気付いたと書いた。
今回のお試しは正しく「自分でなんとかしよう」「私がなんとかしなくちゃいけないのかな? イヤ、しかし」なこと。
自分に「何十年やっとるんじゃ!」と思うけど。
「遊んでる」んだろうな〜、これで。
「不足感ゲーム」だ。
でも「豊か」だよね。「全てある」中で豊かさを「不足」として使ってる。
「死なない程度に自分を苦しめて遊んでる」訳で。
変態過ぎん?
まあ、苦しまなくはなっちゃったけど。
・・・
私に関わっている人たちに向けて、私は自分の有り様を見せるしかない。
この「不足感から行動しない」「私の仕事は気分よくいることだけ」
「問題を解決しようとしない」「委ねる」姿を見せること。
「委ねる」はちょっと自信ない。出来ているとは言い難い。
てか出来てたら、これ起きてないかも。
今の常識では「非常識」「現実を見ろ」「異常」「おかしい」と思われるようなこと。
でも「常識」を散々やって来て、人目を気にして、人からの評価を気にして生きていた私は、だいぶ昔に限界が来て、死んだ。
そこから「アホとして生きている」ので、まあ、いいか?
想定してた結論と違うけど?
