ピエール・ド・マンディアルグ『すべては消えゆく』
五月の陽光が降りそそぐパリの美しい午後。娼婦でもあり女優でもある分身のような二人の宿命の女が、エロスと血の儀式を繰りひろげる。遺作となった本書においてマンディアルグ独特の魔術的文体の催眠効果は頂点をきわめ、現代版マニエリスムに到達する。
マンディアルグ最後の小説
『すべては消えゆく』はピエール・ド・マンディアルグが最後に書いた小説だそうです。エロスの面はもちろん、「あたかも虫眼鏡で眺めたかのごとき細密描写」(澁澤龍彦)を堪能しました。視覚にもとづいて外部の世界を丹念に描写するのではなくて、『大理石』や『海嘯(満潮)』にも見られるように、厳選した言葉、稠密な文体そのもので様々なオブジェを内部の世界に構築していこうとする雰囲気が、やはりマンディアルグを読むことの醍醐味なのかもしれません。心理描写はないようで、主人公の感情の変化が読み取れるのも面白いところです。短編「アディーヴ」(『海嘯』に収録)にも、地下鉄での冒険がありましたが、電車などもマンディアルグにとって興味の対象だったのでしょうか。

通勤電車のなかで、しばらくこの小説を読み進めていたのですが、「マンディアルグだと? なんと破廉恥な」などと見咎めるような興趣など世間にはありもしないのに、とはいえ、公衆の面前で読むにふさわしいものでもなく、電車から降りる際には、一人赤面しながら本をそっと鞄のなかに戻すのでした。
〔余談〕
本作も『余白の街』や『オートバイ』のように、1987年に『愛の儀式 Cérémonie d'amour』(邦題は「愛の化身」)のタイトルで、刊行まもなくに映画化されています。
映画『愛の儀式』 in ポンピドゥー・センター(仏語)
アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『すべては消えゆく』
中条省平訳(白水社/光文社古典新訳文庫)
André Pieyre de Mandiargues, Tout disparaîtra, 1987
アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ
André Pieyre de Mandiargues, 1909-1991
フランスの小説家。パリに生まれ、若い頃から写真家のカルティエ=ブレッソンや、シュルレアリスム周辺の芸術家たちと交友を深める。1946年に初の作品集『黒い美術館』を発表。その後も『城の中のイギリス人』、『海の百合』、『燠火』『オートバイ』(映画化邦題『あの胸にもういちど』)、『余白の街』(ゴンクール賞受賞)などの作品を発表し、長く華麗な文体で耽美と暴力とエロスを描く作家として人気を博した。1987年発表の『すべては消えゆく』は遺作。また、三島由紀夫の戯曲『サド侯爵夫人』をフランス語訳したことでも知られる。
(光文社古典新訳文庫刊『すべては消えゆく』、著者紹介)
