ショートショート14(SF編).光の記憶(2404字あとがき含む)
『光の記憶』
「先生、LHI仮説による記憶観測──本格的に形になってきましたね。
10年かけてきた研究が、いよいよ実を結びそうです。」
助手の朝倉の声が、静まり返った研究室にやわらかく響いた。
巨大な観測装置の前に立ちながら、桐谷陽一は静かにうなずいた。
「……そうだな。ここまで長かった」
LHI──Light History Imprint(光履歴刻印)仮説。
宇宙に拡散した光子は、かつてそこに存在した出来事の“履歴”を持つ。
10光年先の天体を観測した時、それは10年前の姿だ。
だとすれば、10光年離れた場所から地球を観測すれば、10年前の地球が見えるはずだ。
光は時間をかけて届く。それ自体が過去の記録媒体なのだ。
ただし──
距離が遠くなればなるほど、「今この瞬間にその情報を得る」ことは不可能だった。
その限界を打ち破ったのが、量子もつれの理論応用である。
桐谷たちのチームは、地球から放たれた光子の一部と、
“もつれ状態”にある対の光子を特殊な環境下で再現することに成功した。
それにより、過去の光子に対応する情報を、現在の地球上で、即時に呼び出すことを可能にする、というものだ。
つまりそれは、過去の痕跡を、リアルタイムで観測することができるということだ。
映像でしか見ることができないが、過去に遡るタイムマシンを発明したようなものだ。
画期的なことである。
この研究の成果により、世界中の様々なミステリーの謎が解き明かされるかもしれない。
ピラミッドは誰がどのように建設したのか。
ナスカの地上絵や、イースター島のモアイ像の謎。
はたまた、邪馬台国はどこにあったのか、本能寺の変はなぜ起こったのか。東洲斎写楽の正体は?
そんな、歴史的な謎を解明してくれる可能性を秘めた、そんな偉大な発明がようやく完成の日を迎えようとしているのだ。
「先生、映像再現もいよいよできそうですね。記念すべき最初の映像はいつの時代のどこにしますか?私は、できれば恐竜の時代なんかをみてみたいです。」
朝倉が興奮気味に話す。
「朝倉くん、すまないな。最初に見るべきものはもうずっと前から決めていたんだ。30年前の日本だ。」
落ち着いた口調で桐谷は答えた。
「そうなんですね。先生。先生のことですから、そこに何か重要な埋もれた事実があるんですね。」
「その通りだ。長年の重要な問題に、いよいよ終止符が打たれる日が来たのだ。私はこの日をどれだけ待ち望んだことか。」
桐谷の声は少し震えていた。
感極まっているのだろう。
「先生......」
朝倉も桐谷の思いに共鳴し、胸を詰まらせていた。
桐谷は、装置の前に立ち細かな調整を続けている。
徐々にモニターに映る映像が鮮明になっていった。
「よし、来たぞ。これでいいはずだ。」
桐谷の言葉通り、映像はくっきりとモニターに映し出されていた。
そこには、海岸に立つ2人の人影があった。どうも若い男女のようだ。
桐谷は食い入るようにモニターを見つめている。
朝倉は少し驚いたようにモニターと桐谷の顔を交互に見つめていた。
「先生、若い男女が何か話をしているようですが、さすがに音声の再生はできませんよね?何を話してるんでしょう。」
「朝倉くん、私をみくびってもらっちゃ困るよ。そんなことはすでに想定済みだ。口元を読んで音声化するAIもすでに開発済みだ。」
「さ、さすがですね、先生。会話まで聞き取れるなんてすごいですね。ところで2人は何を話してるんでしょう?」
「それを今、確認するところだ。しばらく黙っていたまえ。」
そう言いながら、桐谷はさらに調整を続けると、やがて音声が聞こえ始めた。
映像を見ると女性の方が話しているようだ。
「......よういちさん、わたしをあなたのおよめさんにしてください......」
コンピューターのスピーカーから流れるこの言葉を聞いた桐谷は満面の笑みを浮かべ、小さくガッツポーズをした。
「せ、先生、一体これは......」
「朝倉くん、聞いたかね。これは30年前の私と妻だ。場所は結婚を決めた海岸だ。」
「じゃあ、先生、研究は成功したんですね。おめでとうございます。しかし、どうしてこの瞬間を最初に選んだんですか?確かに素敵なロマンチックな先生の思い出だとは思いますが。」
朝倉は不思議そうに尋ねた。
「実は10年前に妻と喧嘩になったことがあってな。初めてのことだ。
昔話をしているうちに、どちらがプロポーズをしたか、という話になってお互いの記憶が食い違ってることを皮切りに大喧嘩になってしまったんだよ。
それ以来、どうしても私の記憶が正しいことを証明したくてここまで来たのだ。そして、私の記憶通り、結婚してくれ、と言ったのは彼女の方だったということが証明された。」
「先生、まさかとは思いますが、研究のきっかけはそんなことだったんですか。」
朝倉は少し拍子抜けしたような顔で言った。
桐谷はゆっくりと振り返り、得意げに答えた。
「朝倉くん、偉大なる発明のきっかけなんてものは意外とそんなものなんだよ。」
(了)
〜あとがき〜
星空を見上げていると、誰しもがちょっとロマンティックな気分にさせられてしまいますよね。
しかもあの星は、今はもうそこに存在しないかもしれない──
何年も、時には何千年も前に放たれた光を見ている、なんて話を初めて聞いたときは、驚きと不思議な気持ちでちょっと混乱したのを覚えています。
逆に言えば、宇宙のずっと遠くから地球を観測できたなら、過去の地球の姿が見える。
そんな発想を昔から面白いなと思っていて、それをベースに今回の話を書いてみました。
宇宙物理に詳しい方、理論的なツッコミはナシでお願いします😅
お茶目な先生の一面を、単純に楽しんでいただけたら嬉しいです🥳
プロポーズは自分がしたことにしといた方が絶対いいですよね😂
最後まで読んでいただきありがとうございます😊ご意見、ご感想などコメントいただけると嬉しいです☺️
