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ささいなことから、始まる物語があるという話。

こんにちは。
いつも記事を読んでくださりありがとうございます。

この前投稿した記事にも書いたとおりなのですが、いつまでも自分が主役でいるべきか、そうでなくても満ちたりた日々を送ることができるのか、といったことを、よく答えが出るでもなく考えては、noteに公開していました。

赤ちゃんは、生き延びるために、徹底して自分が主役を演じていると思うんです。けれど、社会性を身に付けていくにつれて、他人のことをおもんぱかったり、気遣ったり、徒党を組んでチームで成果をあげるようになりますよね。

環境や役割、立ち振る舞い方を変えて、大人になって、人生の主導権を手放してしまった人って、実は結構多いと思い。だけれど、そんな他人事のように観察している場合ではなく、自分自身もそうなのかも。

何故ってさ、こんなに何度も記事に書いているんだもの。(笑)

👇このような記事です。

中国産コロナで在宅が増えて、調子が上がった人、沈んだ人がいますね。(もうコロナなんて歴史ですよ。2020年、5年前に起きたことだもの。化石です。

私は、内向的な人間なんだろうな、という確固たる自己認識があったので、外出規制で羽根を広げていたんです。海外からやってきたウィルスより、目の前の生活大事。

実際、その期間に転職を成功させて、今にもつながる新しい趣味を始めたし。不安定を契機に、てんやわんやだったな。

ただ、それでも苦しみはなくならなくて、転職先のリクルートを1年経たず、「明日やめます」と言って退職してしまった。

2021年のはるだった────。決して忘れない。

つまり、結果的に、コロナの大災害は私にとっても好転機だっとも言えるし、大災難だったと言えるのかもしれない。

今に満足していないので、まだ当時を肯定的に振り返れないでいるけど、たとえば衝動的に行動した過去を取り消して、リクルートで「石の上にも3年」やったとしても、結局苦しいままだったと思う。

未来を含めて、人生塞翁が馬だよ。

当時のことを思い返すのにずっとためらいがあって、最近になりなんとなく大丈夫だと思えるようになってきたので、ためしに、書けるところまで書いてみたいと思います。

あらかじめ宣言すると、今日中には完成しない記事だと思っており、公開してしまうんだけれどもちょっとずつ仕上げたいと思っているのと、この体験談を有益にしようというゴールも諦めていて、まずはただ、自分のために形にしていきたい。

noteのサーバーがなくなったりしなければ、一応の記録がここに残ってる。



1.矢印が外に向かうのは、内部環境を守るため

ずっと一緒にいる、1つだけの組織にいるのは、あまり健全ではないと思っているんです。調子のよいときは盲目的になってしまい。上手くいっていないと、全滅してしまう。

たった一つのかばんに、すべてを詰めすぎない。

ひとつだめでも、替えが利くこと。別の場所で過ごすことで、失敗や落ち込んだことをリセットできる、リフレッシュできる。リスクを避けられる。


1つに全力投球するのは、なかなかできることじゃない。

体力と集中力が重要だ。

結果を出している人間は、大抵、常人よりも努力していると思う。なので、「まずはその人間より努力してから出来ない嫉妬や不満を述べなさい。」という正論があるんだけれど、努力できる体力と集中力がもっともセンスなような気もする。

そんな私は全力投球タイプだと思う。1つ始めると、四六時中それを終えるまで中断できないことが多い。というより、人より長い時間をかけたり、努力するのは当たり前なんだもの。最後の一人になるのはつらいのだけれど、最初に終わって、最後までいることはできる。(最初と最後がくっつくの?という…笑)


2.守るために自分で壊さない

しごとの過去を振り返ってみたら、それまでの1番大きなつながりから次の道を見つけてきた。これはずっと一貫してる。

【大学生】国立大学でボートがんばったけど、受験勉強や浪人にはハンデが大きかったので、負けたりもしていた。

【新卒】「スポーツエリートに、素人は勝てない?」というモヤモヤが晴れるといいな、と思い、ボートを継続。たくさん勝った。

【引退後】
・「実業団での練習つらかったけど、海外で見てきたように文化楽しみつつ勝てない?」と思い、独りで自由に練習して、他団体とコラボのクルーボートで勝ったり、海外レースに出場した!部活<ビジネスだと感じた。
・チームのインスタアカウント作りたいと要望したけれど却下されてしまっていたので、独立して自由に投稿してみた。反応もらえて楽しかった。
・ボートつづけたいけれど社会人で漕げる環境なくて諦めた人の励みになれるように、自分でふね購入して(150万円+税くらい)仕事のすき間で練習して、無事にメダル獲れた。社会人Rower増えた。
・ボート漕ぎつつ所属していた営業事務の同僚の困りごとを解決したいと思い、引退後に事務企画部で4年間仕事して、KPI改善や新規事業につながった。独り朝練と夜練しながら。喜んでもらえた。

【転職】
・何度目も基本的に、一緒に働いた人(自分)の悩み事を、「環境を変えたら解決できるのは?」をベースに決めてきた。たとえ自分がその元の場所からいなくても、世界は意外と狭かったので、解決できたことはその内伝わっているものだと実感できた。


その場に居続けると、「壊す」選択肢が強くなってきてしまうと思っていて。何かを実現できた一方で、できなかったことを、新しい場所で克服する。この螺旋階段をのぼっている感じです。

しがらみが嫌になると捉えても何とかなりそうなんだけれど、大事にしたいつながりだから、覚えてないとか、忘れたいわけではない。遠くに離れてしまうのは、恩返しのようなものなんだと思います。

「これ、解決できるのでは?」と思う時はすでに、「できないことはあり得ない」の考え方にチェンジしているので、できるまで終わらないというイメージ。この「期待値の見極め」で大きな失敗をしたことはなくて、受験、実業団、仕事、転職、などは、目標達成しているし、そこまでの過程でも充実していた。それはセンスなのかもしれない。


3.家族構成の功罪

兄弟4人いたので、安息する時間はほぼなかった。寂しく思ったこともない。
歳の離れた姉がいた。8歳差の私にはできることが少なかった。
コミュニティの中にいすぎると役立たずになる危機感が醸成された。
スタバの思い出はこの頃からある。

ビジネスでは、困りごとを解決(予防、対処)する方が、需要が高いことが多いのだけれど、どっちかというと「こんなことができたらこんないいことがある」という思考に進みがちなのは、この頃の名残だと思う。


4.ボートがくれたもの

・ゼロから始めても結果を残せること
・家族のような一生涯のコミュニティに出会えたこと
・誕生日に艇庫で祝ってもらったこと(言い続けていたら祝ってくれた)

・がんばれたのは、「女子部の存続」がかかっていたから。結果を残せなければ活動できなくなると強く思っていた
・期待に十分応えきれなかったことから、新卒の進路を考えた
・あろうことか、学年修学旅行にどうしても行くことができなかった(自主練習すると言って遠慮した記憶がある)

・社会人でのボート選手生活
・憧れた人と普通にあったり、一緒に練習や並べたりする(日常)
・国内外遠征に年間数千万円は福利厚生費をかけていただいていた(教養)
・なんでもできるように思える期、なんでも見える期があった(無双)


5.身体的限界を超える達成感ってない

大学時代の先輩が言っていた。それはその通りだと思う。

BPMの最大値は、[220 - 年齢]なので、日に日に減っていく。(でも、歌を歌うことかもしれない、ギターを弾くことかもしれない。そうなるとBPMの問題ではない。)

あらゆる結論。
体力のピークを過ぎたので、もうこれ以上の身体的感動はない。
たとえどんなステージに立てても。
惰性で生きる。
でも、感動を届けることだったら、いくつでもできなくもない。


・朝4時起きる or 夜練習する。
残業終えてからの夜練習だと、漕ぎ出す頃にはみんな揚げていって(かつてのチームメイトもいる)暗い中ひとりで漕ぐことになり、とてもじゃないけれど心が折れるので、朝練習にした。5時ごろに漕ぎ始める学生が多いので、モチベーション的には維持できていた。眠いけれど。4時台から運動なんて無理だったけれど、続けてみたら無理ではなくなった。

・20代最後の日を、カラオケオールで一緒に過ごしてくれた後輩たち。ふと思い出したので。ありがとう。

・海外のヘッドレースに出た。ケンブリッジ大学の艇庫とシングルを借りた。コラボした。見たことない景色だった。したかったこと全部夢がかなった。
仕事だけだと、自分が欠けている気持ちになった。

・コロナ禍の誰もいない会社に行って仕事ができた時期は、学生時代の、選考会に参加するために泣く泣く寝泊りした、誰もいない宿舎に似ていて、少し救われた。(紛れた。)


・リクルート時代
・年収コンプレックスだった(1000万円は到達するものだと思っていた)
・仕事で事業生み出す=メダルを獲ることのような感覚だったけれど、そこまで張り合いはなかった
・同じ三菱財閥出身のリーダーはじめ、みな仕事より雇用形態や制度の雑談を好んでいた
・当時競合にダブルスコアで水をあけられていたが、和気藹々とした雰囲気で意味がわからなかった
・e-ラーニングで始業前に何かを吸収して、働いて、夜に神田から日本橋、銀座通りを走っていた。寝れない夜などなかった
・土日はジムに1日2回行って運動、夜でダンスとかしていた。体力が有り余っていた。
・レーシックできなくて眼内レンズの手術して歯並びを揃えて、ピアスの穴を開けた

・個人事業主になる
ワーケーションで八丈島に出かけて仕事したり、北海道に行ったりした。

・ダンス
ステージの衣装選びもろもろ、楽しかった。(過去にボートのユニフォームは自分でデザインしてたけれど、ここでは普通に購入した。)出られなかった公演もあって少しだけ心残り。


・今、noteを書いている。
・書き続けている人たちのレベルは高いと思う。
・IQ高い人が何を考えているのか、気になったことがある。他人の気持ちを理解したいとき、新しいことを始めることがある。
・著名人の投稿も気軽に覗けるけれど、相手にしていないのが分かる。旅行で1番おいしかったのは何ですか?とか、ワインは何万円ぐらいするの嗜んでるんですか?とか、聞いたところで門前払いされる気しかしない。
・帰属意識が強いので、遠い世界のように思われた

・2年もやったけれど、ハイライトは、フォロワー2000人目指していたときと、初めて1ヶ月毎日投稿つづけたとき。あと、本当に記録したいことがあって、どう思われるかを一旦忘れて記事書いていたとき。
・お金を稼げるなら稼げるに越したことはない(年収のコンプレックスは以前として消えていない)。お金稼ぐ胆力のピークはすすくなくともアスリート人生より長く続く。


(2025.9.12)まずはここまで。サクサク、とはいかないものの、少しずつ更新していければと思います。サイトマップも製作中です。それでは…。


6.モヤモヤを抱えている人に送りたい

「常にしあわせ」は、悲しいかなありもしないと思う。平坦なのか、波があるのかで、値踏みされるものだ。人生塞翁が馬でしかなく。ちがくない。

楽しそうな瞬間を目の当たりにして、輝いて映るときもあれば、「何の意味があるって?」と否定や疑問ばかり溢れてしまうこともさ。

ボートやダンス練習も、会議や打合せでも、脱線するし、必ず手柄になる訳でもないし、うまくいったりいかなったりが醍醐味だ。

売られている商品は、そりゃ完璧で、傷なしで、必ずいいものを選びたいと願うのだけど。

なんというか、選び疲れてしまったんだと思い。

私が普段淹れているあさの珈琲はどのマメでも美味しくて、絶対と言ってもいいくらい日常から主導権を取り戻せる時間を醸し出しているし、お昼ご飯はAセットでもBセットでも大丈夫。

あわてなくても、選んだものを正解にしていけるはずなのに、ダメなんだよね。

(2025.09.13.更新)

7.近づけたら、私の勝ち。


8.今の課題「言葉を身体に取り込む」


9.小さい遭遇を繰り返して気づいた。noteで実現したいこと。人生で実現したいこと。


10.?


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