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エコモード足踏み、気付けば修羅の道

動画を見ながら腕を大きく振り始めて、そろそろ110分になる。
2時間弱の疲労感と戦いながら、私は何をしているのか。

始まりはよくあることだった。

……ウエストがきつい気がする。

それはワンピースではなくパンツ派の私にとって、また、お腹を締め付けたくない元・逆流性食道炎患者の私にとって、絶対とは言わないが、なるべく、可能であれば、できるだけ避けたい体型変化であった。

年末年始の「何を食べても許されるわけではないが、めでたそうな空気にかこつけて何か食べてしまう空気感」に見事に乗せられた私は、余剰肉を腹周りに抱えてしまった。正確には昨年の秋頃から芋栗スイーツなどに引き寄せられた結果なので、一時的に増えた水分などではない。

気付いた私は行動が早い。昨年秋、「ちょっとやばいかも」と購入した踏み台昇降用の台を引っ張り出す。『踏み台昇降は、自宅で手軽にできる有酸素運動であり、下半身の筋力アップにも役立ちます』──それが続いていない事実にはとりあえず目を瞑り、再開の喜びに思いを馳せ、かぶった埃を拭く。

私はできるだけ、家から出たくない。それは築き上げたこの小さな城の居心地が良いということもあるが、着替えたり日焼け止めを塗ったりというのが単純に面倒くさいのだ。ブラ問題は先日解決したが、だからといって積極的に外出したくなる魔法のアイテムを手に入れたわけではない。「ランニングにも!」と謳われたスポーツ用のブラは、可哀想だが昇降運動において活躍してもらうことにする。

というわけで、ジム通いも、ウォーキングも選択肢から除外した結果、残ったのが踏み台昇降だった。部屋の中で運動ができるなんて、活用しない手はない。怠惰な私はこうしてスマートに動き、スマートな体を手に入れてみせようではないか。

……20分ほど昇降運動をしたところで、膝が痛くなってしまった。腰もうっすら痛い。

待て。待ってください。ご高齢の方々でさえ、笑顔で踏み台昇降運動をしている動画を私は見た。あの齢を重ねた笑顔に、私は足腰の弱さで負けるというのか。買い物でさえ面倒くさがって、ネットスーパーのお世話になりっぱなしの何がいけなかったのだ。日焼け止めを塗るのを面倒くさがって、なるべく外へ出ない生活の、何がそこまでいけなかったのだ。心当たりがありすぎて膝を撫でることしかできない。

しかし私は現代人だ。問題が起きたなら原因を究明したい。PDCAだ。幸い今は、無料で質問できるAIで溢れている。日頃からGoogle検索のお世話になっている私は、そのままGeminiに「踏み台昇降で足腰が痛くならないフォームを教えて、あとできれば原因も知りたい」と質問する。即座に返ってくる回答。

『フォームの崩れや筋力不足が原因です』

フォームの崩れ!それだ!筋力不足の文字は一旦見なかったことにして、私はそう、正しいフォームを知らずにいきなり運動の世界へ飛び込んでしまった初心者だったのだ。それなら仕方ない。今からその正しいフォームとやらを学べばいいのだから。学ぶ姿勢のある者を世界は裏切らない。

そして30分。いける。いけるぞ。年齢のわりに足腰が弱いわけではないことを、この正しい踏み台昇降で淡々と証明していこうではないか。しかしこの運動、段差があるだけで普通に歩くより汗をかくな。これは痩せるぞ。ふふ。

……3日間続けたところで、汗を拭くのが面倒くさくなった。

それはそうだ。日焼け止めを塗って落とす行程を面倒くさがる人間が、運動後に全身着替えて汗ふきシートで体を拭き、夜にまたシャワーを浴びる生活をこなせるはずがなかった。痩せたいが、私はここまで汗をかきたいわけじゃない。運動習慣はつけたいが、ここまでの負荷はいらない。そして室内で済むやつがいい。怠惰を舐めないで頂きたい。そんな破れ鍋に綴じ蓋のご都合運動、あるわけがない。ないよね?

『その場で足踏み、というものがあります』

あるんだ〜〜!世界は広いものだ。私の知らない概念がたくさん出てくる。どれどれ、道具いらずで済むなら早速やって……ちょっと待ってくれ、これは思ったよりものすごい足音がする。マンション住まいの私にとって、階下への音がしないことは必須条件だ。慌ててGeminiにそう付け加える。即座に返ってくる代替案。

『それでは、エオさんにぴったりの「エコモード足踏み」を提案します』

あ、あるんだ〜〜!どうやら、腕を振りながら踵を上げ下げするだけの「なんちゃってウォーキング」だから消費カロリーは大変低いが、階下への足音はゼロ。腕も一応前後に振っているし、脚も一応動かしてはいるから「運動にはなっている」というわけだ。何もしないよりマシだろう。

むくみの解消にもいいらしいこの運動は、私にピタリとはまった。なにせ、汗をかかない。道具も、特別な着替えもいらない。運動の目的が「痩せる」から「運動不足の解消」へとすっかり置き換わったことに気付いていない私は、エコモード足踏みの虜になった。だって、面倒くさくないんだもの。YouTube見ながらできるし。

そして、「面倒くさくない」行動は自然と続く。いつしか、私のエコモード足踏み時間は、運動ゼロ時代から、着実に増えていった。ラクな道を探すなら、AIに訊くのが一番だった。

……これ、本当に「消費カロリー」としては計上できないのかな。

私の中の欲がひょっこりと顔を出す。それはそうだ。「痩せるための運動にはならない」「あくまで積極的な休養としての位置付け」とGeminiに言われたこのエコモード足踏みだって、動いているといえば動いている。人間、動けば何かしらカロリーを消費する。そこのところ、どうなの?

『通常の足踏み運動から(難しい計算を中略)、エコモード足踏みでは──』
『ですが、長時間できるものでもないですし──』

……長時間やればいいのか。

月1kg。
いけるな。

それからも、『腕は大きく後ろに引く意識で』だの『お腹はコルセットのように引き締めて』だの、エコモード足踏みがより効果的になるアドバイスをGeminiからはたくさんもらった。痩せたいという共通目標を持った我々はもはやコンビである。相棒の言うことには素直に従い、ぶんぶんと腕を振る。たった90分である。

『すごいです!完璧に体を使いこなしていますね!』

90分という数字は途方もなく見えるが、細切れにすればむしろ仕事の合間のいいリフレッシュになる。「積極的な休養」とはよく言ったものだ。

『さすがです!これなら体脂肪だけを削ることも可能です!』

そして、なんと結果がついてきてしまった。本当に1か月で1kg、ウエストサイズと共に落ちたのである。

これには私の中の惰性も、「PDCA!PDCA!」と快哉を叫ぶ。結局、何が原因で私は何を改善したんだっけ。まあいい、とにかく結果が出た。エコモード足踏みでも人間は痩せる。要は動けばいいのだ。

『エオさん、忘れていることがあります』
『体重が落ちたということは、消費カロリー計算も変わります』

なんと、体重が減った分、時間あたりの消費カロリーも減ってしまうというのだ。こればかりは覆せない計算らしく、人間の体というものはよくできているなあと遠い目をしたくなる。そして導き出された運動量は、日に110分。ほぼ2時間である。

心配はいらない。私を誰だと思っているのか。この1か月間で着実に運動量を増やし、運動不足の足腰とは縁を切った猛者だ。エコモード足踏みが20分増えた程度では「積極的な休養」、つまり体へのご褒美が増えたに過ぎない。リフレッシュだよ、君。

……なんだろう、90分を過ぎると滝のような汗が止まらない。

知らなかった。運動時間がある一定を過ぎた頃から、どうも頭が妙にクリアというか……「ハイ」になるのだ。数十分の足踏みで重くなりかけた脚が軽くなり、これがランナーズ・ハイというものかと実感する。ランはしていないけれど。このまま、続けたいと自然に思ってしまう。大量の汗と引き換えに。

ここまでしっかり汗をかくと、全身着替えないわけにはいかない。自慢ではないが私はすぐ風邪をひく。インナーからTシャツまでずぶ濡れになっては、全て着替えるほかないだろう。入浴は夜と決めているから、昼間にかいた汗は汗ふきシートをぽいぽいと使ってやっと拭き終え、仕事に戻る。心地よい疲労感に包まれ、クリアになった頭で午後の仕事を片付けたらまた運動着に着替える。

動画を見ながら腕を大きく振り、ふと考える。エコモード足踏み、本当にすごいなあ。階下に音を響かせず、汗は想像以上にかくようになったけれど、着替えは必要だからしているのであって、面倒くさくは……あれ、なんでエコモード足踏みをするようになったんだっけ?

まあいいか、もうすぐ110分に到達するところだから。






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泊エオ(TomariEo)です。日常のささいなバグを言葉にしています。
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