【第1話】母が突然倒れた、23年前のあの朝『甘え下手な私たち。その先へ』
皆さま、こんにちは。ゆるるんです😊
今日も来てくださり本当にありがとうございます🌸🌸
前回の記事では、自分のnoteを初めから読み返しながら、
「私の軸にあるのは『家族』と『エニアグラム』だった」 という
結論に至ったお話をしました。 📖✨
そんな私の心にひっかかていること
かつて連載していた『甘え下手な私たち』では、
私・母・妹の三者間で繰り広げられた葛藤が、
母の在宅介護というひとつの決断によって結実する場面で 幕を閉じました。
最後の方に、こう書いています。
次の旅は、もう少し先
あの激動の2年間を綴る
『在宅介護編(仮)』
想いが溢れすぎ、整理する時間が必要です
その在宅介護の具体的な中身については、
私自身なかなか整理がつかず、手をつけられずにいましたが……。
🕊️🌱今年、私は母が初めて倒れた歳と同じ年齢になっています。
もし、私も、今、急に倒れたら・・・
伝えておかないと、後悔する!
ようやく、まっすぐに向き合う覚悟ができました。 😌✨
そもそも在宅介護を選択したとき、 病院からは
「無理だから」と大反対されたのです。 🛑🏥
それでも私たち家族はその反対を振り切り、
必死に病院を説得して、
強い覚悟を持ってその道を選びました。 🤝🔥
なぜ、そこまでの決断ができたのか。
それは、その前段階にあった 「18年間の介護」の経験があったからです。 🕒🐾
その長い歳月の中で見て、聞いて、感じてきた すべてのことが、
私たちの判断の土台となっていました。 🌸
その覚悟をもってしても、2年間の在宅介護での経験は、
予想しない出来事がありました。
ただ、正直、それを、どこまでお伝えするか
どう表現するとよいか・・・
今もまだ、悩んでいます。
でも、経験者が伝えないと、誰も知らないままになってしまう。
いま現在、介護の真っ只中にいる方にも、
あるいは今は介護に全く縁がないという方にも、
一つの家族の事例として
「こんな事実があった」ということを
お伝えできればと思っています。 🍀🌱
ただ、いきなり、その2年間に触れる前に
まず、その判断の土台となった20年の内の
初めの18年間を改めて綴っていこうと思います。 🕒⏳
エニアグラムという人間理解のツールを学びながらも、
現実の家族関係の中で泥臭く葛藤し、
悩みながら歩んできた私の軌跡です。 🧩🐾
私たちの選択が正しいわけでも、 正解でもありません。 🙅♀️⚖️
未熟だった部分も、後悔に見える部分も含めて、
お伝えしようと思います。 ✨
実は、これから綴る物語の第一歩は、
約1年前の記事で一度、文字にしたことがあります。
(初回投稿:2025年6月10日『母が突然倒れた その1』)
当時も一生懸命に書いた記事ですが、今回、今の私の視点で、
より深く丁寧にリライト(書き直し)してお届けしたいと思いました。
ここから始まる私の軌跡が、
今まさに介護と向き合っている方にも、そうでない方にも、
何かを感じ、考えるきっかけにしていただければ 嬉しいです。 🕊️🌸
それでは、18年間の始まりの物語へ――。
その日は、本当に突然やってきました。
今から23年前のある朝、7時頃、
鳴り響いた1本の電話
当時、私は実家から歩いて15分ほどの場所で暮らしていました。
その日は、夫が出張で数日留守にするタイミング。
朝、夫を送り出し、たまたま仕事の予定もなかった私は
(さぁ、これから一人の時間を満喫するぞ!)😍と、
心の中でワクワク✨✨していた、まさにその瞬間でした。
電話の主は、弟。 「お母ちゃんが倒れた」
のんきな私は「え? 転んだん?」と聞き返しましたが、
弟は涙声で「今、救急車で病院に来た」と言うのです。
「えーーーーっ!!」
昨日、夕方に電話で普通に話していたのに、一体何があったん……?
頭が真っ白になりながらも、幸いだったのは、早起きの習慣です。
すでに朝食も着替えも済ませていたので、
そのまま飛び出すように家を出て、地下鉄に滑り込みました。
揺れる電車の中では、胸がギューッと苦しくなり、
心臓の鼓動がドックン、ドックンする感じ。
隣の人に聞こえないかと思うほど、
ドキドキしていたのを覚えています。
途中の駅に停車する時間ももどかしく、
(あー早く、早くーーっ)と車内を走りたい気分でした。
昨日、何を話してたっけ・・
なんか変わった様子はなかったかな。
最寄り駅に着くや否や、ただただ、駅からの道を必死にダッシュしました。
息を切らしながら、救急外来のうす暗い廊下に辿り着いたのは、
朝の8時過ぎでした。
そこから日付が変わる午前0時過ぎまで、病院から一歩も出られない、
私にとって人生で最も長い、忘れられない1日が始まります。
(第2話へつづく)
☕ ちょっと一息。
【エニアグラム的こぼれ話】
さて、ここからは少し視点を変えて😊
当時の私を「エニアグラム」の目で振り返ってみたいと思います。
実は私、性格タイプを9つに分類するエニアグラムでは、
お気楽でポジティブな「タイプ7」なんです。
母が倒れるという大ピンチの直前まで
「一人の時間を満喫するぞ!」とワクワクしていて、
電話で聞いた後、すぐに飛び出して病院に向かうあたり、
その素早い行動は、我ながら本当にタイプ7らしいなと、
今振り返ると思います。
そして、この「どんな時も前を向こうとする性質」が、
この後の過酷な介護生活を支える最大の武器になっていくのです。
🍀最後までおつきあいくださりありがとうございました🍀
次回もどうぞ、お楽しみに😊
