甘え下手な私たち ⑩(完結編)|母を連れて帰る、そして手にした本当の「絆」
皆さま、こんにちは。ゆるるんです😊
全10回でお届けしてきたこのシリーズ、
いよいよ本当のフィナーレです🎊
自分の中の「甘えん坊」ちびゆるを癒し、
境界線を引き、ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、
そんな私たちを待っていたのは、
家族としての最大の試練でした。
今日は、母の命の瀬戸際で
私と妹が初めて一つになった
家族の再生の話です。
(3800文字、ちょっと長いですけど・・😅
お付き合いいただけると、嬉しいです)
📞 妹の悲痛な声と、見えない恐怖
それは、コロナ禍という特殊な状況下、
5月のゴールデンウィーク中のことでした。
妹からの突然の・・悲痛な電話
「母の足が異常なほど腫れている!
尋常じゃない!」
思えば、2週間ほど前から、
母からも足が痛いと聞いていました。
遠方にいる私は毎朝5時頃、
母と電話で話をするのを日課にしていたのです。
▼過去に書いていた記事です👇
当時、母は週3回の透析に通い初めて12年
「そのクリニックでも、ちゃんと見てもらってね」
という話を、本人にも家族にも伝えていました。
異変には気づいていたはずなのに、
直接そばにいられないもどかしさ。
そして、妹の悲痛な電話。
運悪くGWの最中。
当時要介護2だった母
はじめに倒れてから18年。
その間にも
脳梗塞、骨折などでの入退院を繰り返し、
さらに透析に通う日々
結局、最初に手術をした病院に搬送されました。
「血栓が肺にまで達していることが分かり、
母は緊急入院となった」と連絡がありました。
付いて行った家族も
その場で帰らされて、
コロナ禍のため面会は一切許されず。
母の様子を知る術は、病院からの電話連絡のみ。
病院との窓口は弟が担当していたため、
私は伝聞でしか、状況を知ることができません。
こちらから様子を見に行くこともできない中、
その日以降、次々とショッキングな知らせが届きました。
「出血が見られたので、血栓を溶かす点滴はこれ以上不可能」
→ 今度詰まってしまったら?・・・
「透析中にシャントが詰まった。
左鎖骨からの緊急手術で対応した」
→ 透析中に?
→ 手術?
→ シャントが詰まった。って、これからは?
「後日、右側に留置カテーテルを入れる手術を行う」
→ りゅうち・・カテーテル?
「留置カテーテルの手術の時に肺を傷つけてしまった。
落ち着いたら肺気胸手術を行う」
→ 肺も?
聞きなれない医療用語、
電話で聞いても
(え?・・何?・・それ?)
わからないことが、
更に不安をあおる・・・
そして『最悪の事態』を察してしまう沈黙
今、お母さんは
どれほど痛い思いをしているんだろう……
なすすべもなく
電話を待つだけの時間は、
心が激しく揺れ動く、
孤独な戦いでした。
🤝 妹との共闘、「家に連れて帰ろう」
日々、容体が変化しながらも、
1か月ほど経ち
病状が少し落ち着いた頃、
病院側から「転院」の話が出ました。
入院前は、要介護2だった母。
それが、要介護5のほぼ寝たきりに。
しかも、透析は留置カテーテル。
一般的なシャントと違って、衛生管理も大変だそう。
24時間看護が必要な状況なので、
自宅での介護は無理との病院側の判断でした。
電話で状況を聞くしかできず、
ネットで調べても、よくわからない
不安はますます大きく・・・
父と弟は「病院がそう言うなら……」
という反応でしたが、
私と妹は違いました。
母は、家族と一緒にいることで
元気になれる人😊
数々の入退院を間近で見ていた私たちには、
経験から手にした信念がありました🌸
ただ「生きるためだけ」に
病院のベッドに縛り付けられるのは、
母の本意ではない。
きっとすぐ弱ってしまう。
今までも家族のそばにいることで、
数々の奇跡的な復活をしてきた母🌸
でも今回ばかりは・・・
復活はないのかもしれない。
だったら、なおのこと
病院ではなく、
「家のお布団で最期を迎えさせてあげたい」
そう強く願ったとき、
数十年もの間、
衝突を繰り返してきた私と妹の心が、
初めてピタリと重なりました。
「お父さんたちを説得した。
あとは、お願い🙏 病院との話を食い止めて!
私では病院にうまく話せない」
私は病院の地域医療担当の方へ電話で、
これまでの経緯、
家族の想い、
そして覚悟を必死に伝えました。
そして
特別に許可された面会や
ビデオ電話による母への声掛けが
実現したのです!
ただ、主治医は、転院を強く勧め、
なかなか転院の話は覆りませんでした。
でも
面会後に母がしっかりする様子を確認したり、
地域医療の方からの働きかけもあり、
ようやく、退院の方向に話がまとまりました。
この時に妹は、初めて涙を流して
「ほんまにありがとう」🌸🌸
「私では、でけへんかったこと✨
🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀
「同じ想いで、粘り強く、
病院にちゃんと言ってくれて、ほんまにありがとう」
と言ってくれました。
彼女が私を
「唯一信頼できる家族」として
認めてくれた
忘れられない瞬間でした。
🎥 仏壇の前で、心が一つになった瞬間
退院に向けての、リハビリが計画されると、
母は、着実に回復しだしました。
ただ、退院そのものもリスクがありました。
退院、当日。
要介護5、鎖骨には透析用のカテーテル。
腰から胸には、圧迫骨折用のコルセット。
かろうじて、車椅子に座れているものの
「移動中に何があってもおかしくない」
と言われての綱渡りの帰宅でした。
お願い、神様。
何とか、自宅までたどり着きますように
車が振動で揺れる度に、
ハラハラ・・
自宅が見えてきたときには、
目頭が熱くなりました
あ~、ありがとう。
あと、もう少し、お願い。
家へ入るまで
車が玄関前に着くや否や、
私は一足先に実家に入り、
カメラを構えました。
車椅子に乗った母が
家に入る瞬間を
映像に残したかったんです✨✨
弟が車いすを押し、
父と妹が両側から
母を笑顔でのぞき込み
「着いたで~。ただいま~」✨✨🍀🍀
と入ってくる4人。
「お帰り~」♥️♥️🍀🍀
声をかけながら、
レンズが涙で曇る中
必死で撮影しました📹
そして、
家族みんなで
仏壇へ手を合わせに行ったあの時
レンズ越しにその光景を見て確信しました。
🌸🌸🌸「ああ、やっと、家族が一つになれた」と🌸🌸🌸
そこから始まった、
2年間の在宅介護。
それは決して綺麗な物語
だけではありませんでした。
24時間体制で母を支える中、
家族としての衝突や、
目を逸らしたくなるような葛藤も
たくさんありました。
でも、その泥臭くも愛おしい
激動の2年間を経て
今の私たちがあります。
🍀 頑張りすぎている「あなた」へ
在宅介護のキーパーソンは、妹でした。
彼女は限界ギリギリまで
精一杯尽くしてくれました。
きっと、若い頃にできなかった「甘え」を、
最期の介護を通して果たしていたのだと思います。
ただその間、
家族のみならず
ケアに入ってくださる方がたを含め、
さまざまな葛藤場面がありました。
今、介護や家族の問題で
一生懸命に頑張っている皆さんに
伝えたいことがあります。
「まずは、あなた自身を大切にしてください」
あなたが倒れてしまっては、
守りたいものも、守れません。
「家族だから、こうしなければならない」
という無理な責任感からは、
本当の優しさは生まれてきません。
「やってあげたいけど、出来ないことが多い」
「こうしてあげられたら・・・」
叶わない現実に、打ちひしがれることもあるでしょう。
でも
✨できることを、できる時に✨
それだけで十分なのです。
人は追い詰められると、
正常な判断ができなくなることもあります。
一人で抱え込まず、
周りも「今はそれだけ苦しいんだね」と
認め合えたら
きっと道は開けます。
🕊️ 旅の終わりに
🎶 音楽と共に
このシリーズの完結には、やはりこの曲
私がSUNOで初めて作った曲
私の「甘え下手」から始まったこの物語は、
一度ここで幕を閉じます。
あんなに不器用だった私と妹。
この『甘え下手な私たち』シリーズを書きながら、
私は確信しました✨✨
私が自分の中の「甘えん坊(ちびゆる)」を許し、
「I'm OK(私は私で大丈夫)」と
思えたことで、
ようやく相手のことも
「You're OK(あなたはあなたで大丈夫)」と
認められるようになったのだと。
今、妹は
母を看取った経験を糧に、
彼女にしかできない形で、
悩み苦しむ誰かのための
大きなプロジェクトを動かし始めています。
私とはまったく違う感性、能力を持っている彼女。
自分が生きてきた
芸術の世界で学んだことで
誰かの救いになりたい と
そんな彼女を見ていると、
心から、自慢できる妹
(ちょっと、怖い時もあるけど・・🤣)
と
思えるようになりました。
そんな彼女の姿を見て、
父も
彼女への見方を変えたようです。
「いつまでも子どもと思てたけど、
考えたら立派なこと、やるんやな」✨✨
こうして私たち家族は、
関係を新たに
作り直している途中です。
きっと天国にいる母も、
微笑んで
眺めていてくれることでしょう。
この物語を通して
「甘え下手」だったことも、
愛おしいと思えるようになりました。
どんなあなたも、あなたでいい
♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️
あなただけの物語
唯一の物語
♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️
どうぞ、大切に抱きしめてあげて
♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️♥️
ここまで
長い旅を一緒に歩んでくださり、
本当に、本当にありがとうございました。
(完)
次の旅は、もう少し先
あの激動の2年間を綴る
『在宅介護編(仮)』
想いが溢れすぎ、
整理する時間が必要です
でも、お届けしたいと思っています
命と向き合う現場で、
家族がどうぶつかり、
どう許し合ったのか。
一つの家族の事例として・・・
また新しい旅路に お付き合いくだされば
嬉しいです。
また、いつか、その時に・・🍀🍀🍀
本当にありがとうございました!
