【前編】自治体のブランディング事業に「効果測定」を実装する〜大刀洗町アドバイザーの実務記録〜
はじめに
こんにちは。データドリブンコンサルティングサービス「エンジン」を提供している吉田龍です。
わたしは2025年11月から2026年3月まで、福岡県大刀洗町で「ブランディング事業効果測定アドバイザー」として関わりました。
週1回のオンラインMTG、月4時間というフルリモートの関わり方です。それでも5ヶ月で、KPI設計からアンケート設計・分析、KPIマネジメントマニュアルの整備まで一通りを伴走することができました。
この記事は、自治体のDX・データ活用担当者に向けて、「ブランディング事業の効果測定」をゼロから立ち上げた実務の記録として書きます。前編では、プロジェクト立ち上げから既存データの棚卸し、そしてアンケート設計の考え方までを書きます。後編では、アンケート分析の中身と、KPIマネジメントマニュアル・運用設計について書く予定です。
抽象論ではなく、できるだけ具体的に書かせてもらいます。同じような課題を抱えている自治体担当者の参考になれば嬉しいです。
個人的な感想についてはこちらの記事で書いているのでぜひ一緒に読んでください。
1. 出発点は「良い取り組みなのに説明が難しい」
大刀洗町は、第5次総合計画(2019年〜2028年)の施策32として「地域ブランド力の向上とタウンプロモーションの推進」を掲げています。目指している状態は明確です。
「誰もが大刀洗町を誇りに思い、町に関わりや愛着を持つ人が増えている」
これを「認知」「関わり」「愛着・誇り」の3本柱で進めてきました。SNS発信、メディア露出、PRイベント、応援大使制度、えだまめ収穫祭やレタスフェスタなど、約10年間にわたって積み上げてきた取り組みがあります。
実際、結果も出ています。2023年の「街の幸福度ランキング」で九州ナンバーワン。人口は過去最高を更新中です。
それでも、現場が抱えていた課題はこうでした。
「手ごたえはあるけど、数字で説明しづらい」
議会への報告、町民への説明、次年度予算の根拠。どれも「肌感覚」では戦えない場面で、データの裏付けが弱い。費用対効果を問われると、属人的な説明に頼るしかない状況でした。
これは大刀洗町だけの話じゃないと思います。多くの自治体が同じ構造課題を抱えています。
「良い取り組み」をやっているのに、「良い取り組みである」ことを構造的に説明できない。担当者が変わったら、何が成果なのかが見えなくなる。
私の役割は、ここに「測定の仕組み」を入れることでした。
2. 最初にやったのは「測る前の整理」
依頼を受けた時、最初に陥りそうな罠がありました。
「とりあえずKPIを並べる」
SNSフォロワー、イベント参加者数、ふるさと納税額…それっぽい指標を集めれば、見た目は整います。でもそれだと、「測れるものを測っているだけ」になってしまいます。何のために測るのか、何が成功なのかが曖昧なまま、数字だけが増えていくことに…。
なので最初の数回のMTGでは、KPIを決める前に、こういう問いを共有することから始めました。
このブランディング事業は「何のため」にやっているのか
「成功した状態」とは、どういう状態なのか
今ある施策は、どの目的に紐づいているのか
幸いにも、施策32の目的と3本柱は明文化されていました。だから完全にゼロからではありません。でも、「3本柱の各取り組みが、どの指標で測れる状態になっているか」を整理してみると、抜けがけっこうありました。
ここを揃えるのに、最初の1ヶ月くらいを使いました。地道な作業だけど、これをやらずにKPIを置くと、後で必ず迷走することになるからです。
3. 次にやったのは「今ある定量データの棚卸し」
前提が揃ったところで、次にやったのは既存データの棚卸しです。
新しい仕組みを入れる前に、「すでに何が測れていて、何が測れていないか」を把握しないと、次のアクションを決められません。
具体的に整理したのは以下のようなデータです。
イベント来場者数:えだまめ収穫祭、レタスフェスタなどの参加実績
大刀洗町の人口推移と周辺地域との比較:社会増減、年代構成、転入転出
SNSフォロワーの推移:Instagram、YouTube、公式LINE
ふるさと納税額・応援大使登録数:関係人口の指標
メディア掲載・露出実績:プレス、TV、ウェブメディア
棚卸ししてみると、見えてきたのは2つのことでした。
① 「数字としては取れているもの」が想像以上にある
SNSの数字、イベント参加者数、ふるさと納税額。記録はちゃんと残っていました。担当者の方々が日々積み上げてくれていたデータです。これは大きな資産でした。
② 「肝心の部分」が空白だった
一方で、ブランディング事業の本質である「町民や関係人口の人たちが、実際にどう感じているか」。ここのデータがほぼ空白でした。
愛着度、推奨意向、紹介経験、町への誇り。施策32が目指している「誰もが大刀洗町を誇りに思い、町に関わりや愛着を持つ人が増えている」という状態を、数字で語れる材料がない状態だったのです。
これは大刀洗町だけの問題ではないと思います。多くの自治体で、「行動の数字」は取れていても「気持ちの数字」は取れていない。この構造はかなり一般的だと感じています。
4. アンケートを設計することにした
定量データの棚卸しで「気持ちの数字」が空白であることが分かったので、次のステップとして広域アンケート調査の実施を提案しました。
ここで意識したのは、「アンケートは目的ありき」ということです。
「とりあえず聞いてみる」では意味のあるデータは取れません。「何を意思決定するために、何を聞くのか」を先に決める必要があります。
設計で意識したのは、以下の点です。
① 「3本柱」を色んな角度で聞く
施策32の3本柱は「認知」「関わり」「愛着・誇り」ですが、住民にこの言葉だけで聞いても立体的に捉えにくい。
だから、生活者の言葉で聞ける質問に翻訳する必要があります。
たとえば、
「誇り」→「大刀洗町を家族や友人にどの程度おすすめしたいですか?」
「関心」→「10年前と比べて町との関わり(関心)を持つ人が増えたと感じますか?」
「知名度」→「大刀洗町を知ったきっかけは何ですか?」
回答する人にとって自然な質問にしないと、データの信頼性が下がります。
② ファネルの各段階を分けて聞く
単に「町をどう思いますか?」では分析できません。「知っている」「参加したことがある」「紹介したことがある」「訪問したことがある」というように、認知から推奨までの段階を分解して聞きます。
これによって、後で「認知から行動への転換率」「行動から推奨への転換率」を計算できるようになります。ファネル分析ができるかどうかは、設問設計の段階でほぼ決まります。
③ 居住地・年代でセグメント分析できるようにする
「町民」「福岡県内」「福岡県外」「海外」で分けて聞く。年代も10代〜70代以上で分ける。
これがあるから、「町外住民の訪問意向」「10代の認知経路」のような切り口で分析できます。設問は同じでも、属性で切ると見えるものが全然違ってきます。
④ NPS(推奨意向)を必ず入れる
「家族や友人に大刀洗町を勧めたいと思いますか?」を11段階で聞きます。
これがあると、SNSフォローの有無、イベント参加の有無で「接触あり層」と「接触なし層」のNPSの差が明確に出ます。広報・イベント施策の効果を、推奨意向という最も本質的な指標で語れるようになります。
5. アンケートの実施
設計が固まったところで、12月末から1月にかけて、町内外に向けて広くアンケートを実施しました。役場の担当者の方々が広報を頑張ってくださり、最終的に1,288名から回答を回収することができました。
回答者の内訳は、以下のような構成です。
居住地別:大刀洗町在住60.1%、福岡県内26.4%、福岡県外12.7%、海外0.9%
年代別:10代が29.7%と最多(学校経由の回収影響)、続いて50代、40代、60代
10代の比率が高いのは学校での回答協力があったためで、結果解釈においては年代構成の偏りに留意が必要です。ただ、10代を除くと50代を中心としたピラミッド型となり、地域の中核世代の意見が厚く反映されたデータになりました。
町内6割、県外含む外部4割という構成は、町内意識と外部評価の両方を一定程度反映できる構成といえます。
アンケートの詳しい内容については後編で書かせていただきます。
前編まとめ:ここまでで意識したこと
前編では、プロジェクトの立ち上げから、定量データの棚卸し、アンケート設計・実施までを書きました。整理すると、こういう流れです。
前提の確認 — 何のための事業か、成功状態は何か、施策と目的の紐付けを揃える
既存定量データの棚卸し — 何が測れていて、何が測れていないかを把握する
空白領域の特定 — 大刀洗町の場合は「気持ちの数字」が空白だった
アンケート設計 — 目的ありきで、ファネル分析できる構造で設問を作る
アンケート実施 — 1,288名から回答を回収
ここまでが、いわば「データを揃えるフェーズ」です。
後編では、ここから先、1,288名のアンケートを分析してわかった大刀洗町の現在地、これからの課題、そしてその課題に応えるためのKPI設計とマネジメントマニュアル整備について書きます。
