12月
最後の月。これまで必死で備蓄を消費してかなり減らしてきたつもりなんだけどまだまだあって途方に暮れる。荷物もまだまだ。元々収集癖があり物を捨てられない性分なので難儀している。しかし急がなければならない。
神田沙也加さんのお父様のやつれ方やお休みアナウンスがTwitterで話題になっていたけど、お身体だけでなく、おそらく時期的にフラッシュバック的な状況もあるのではと思う。年末だったよね、亡くなったの。あのニュースの後のCoccoのtweet、沁みたな。ただneutralに受け止めて包み込んで、想っていた。これができる人はまずいない。
トラウマ持ちに周年的ぶり返しはよくあるのではと思うけど、私も年末は野獣に殺されかけた後で、とにかくあの家にいたくなくて図書館閉館後に寒い中冷たいベンチに座っていたり外を彷徨ったりしていた時の感覚その他による絶望がぶり返すのに加えて、志村さんのこともあって、on goingな問題が無くても年末は(年始も含めて)いつも死の気配を感じていた。
業務も止まってすることが無い、普段行くところも閉まる、(クリスマス前からずっと)街は居場所や共に過ごす人達を持つ人達の「そういうムード」に溢れる、時間だけがあると不毛なことばかり蘇り底無し沼に引き摺り込まれそうになる暗黒の時期。
パンデミックでない時期には働けなくならないように適宜ガス抜き(だいたいライブ、旅、食、カラオケ)していたけど、今はそれも不可能だしそもそももう働いていない。だから自分を維持する必要も無い。そして何より今はon goingで世界の全てが問題状態だ。sanctuaryも消失した。見事に整っている。Time has come.
私の場合、年末意識はまず寒さでスイッチが入るんだと思う。そして落ちる。とにかく寒かったんだよ、あの頃の図書館閉館後の時間。寒くて暗くて冷たかった。いつも図書館にいる男にストーキングされたりと物騒なこともあったし。家の近くで男の姿を確認した時には戦慄した。つけられていたんだろうね、時間も行動も読めるから。館内では人目もあるし、映画をブースで観る時以外はヤングアダルトコーナーとか男が来にくい場所にいてある程度避けられたんだけど。
後はやっぱり暦かな。カウントダウンが始まっていく感じ。12月が近づくと「今年も残りわずか」なんて発言もちらほら耳に入り始めるし。街も人もそわそわし始める。そして音楽。今もAFNをかけながらこれを書いているんだけど、その間既に2曲もクリスマスソングがかかった。
今はもうろくに街歩きなんかできないし、ツリーだとかイルミネーションだとかの刺激は最小限だけど、やっぱりそれでも身体や脳は覚えているようで、最近はギターの練習すらままならない。寒いし。
あと時期によらない今の私のフラッシュバックスイッチはノーマスク。危険だという感覚が野獣と刃物をちらつかせる。そして背後にある攻撃性暴力性や理性の欠如への忌避と、永遠に抜けられない理不尽の構造や絶望を呼び起こす。至るところで。
退職前に理不尽の行使側が皆ノーマスクだったのが極めて大きい。表では厳重な感染対策をしていると主張しながら共有スペースで平気でマスクを外す、ドアを開けても窓を開けても閉められる(もはやすっかり忘れ去られた緊急事態宣言が出ているような時期に、業務だから避けられないのに、そして感染すれば業務だって回らなくなるのに)、全く意味がわからない。それが苦痛であるということも伝えたのに。しかし実際は伝えたからあえて、というのがあるのかもしれない。避けられない状況で、気に食わない相手に対して、自分が何とも思わないことで吐くほどダメージを与えられるって、最高にコスパがいいもんね。
外から見られなければいいのか?自分さえよければ人を感染させてもいいのか?何故感染対策する気のない者に感染させられるリスクを一方的に負わなければいけないのか?しかも「万全の体制」を主張しているような場で。息ができなくなった。加えてこの先書くことになるであろう別のパワーハラスメントもあった。そして完全にノーマスクと暴力、理不尽、絶望のリンク&ループが強固にできあがってしまった。
きついのはパワハラ自体よりも、それを結局最後まで認められなかったこと(嫌がらせ報復自体は管理職に物申した時点の言説その他で想定していたから、ハイハイそうですよねという乾いた感じだった、私は「である」の世界の既得権益者の論理や集団内力学について嫌というほど思い知らされてきたのだから)。人権や平和や対話が謳われ保証され、かつての自身を(ある程度)癒した環境内で。直接的には実際に私が過ごした環境内のことではないんだけど、その中の感覚でだったら絶対にありえないだろうって、そちらへ持っていった。けれどもまずは部署が違うと手続きが取り下げになり、その後の経緯も色々あるんだけど、焦点がずれたまま終わった。せっかく対策システムもあるのに。実際に人権や平和や対話を実践体現している(と私が感じていた)方々と話ができれば違ったのかなとも思うんだけど、組織の仕組み上それも叶わなかった。私は私の身分「である」だけで既に終わっていた。あの家と全く一緒。ただ、窓口になってくださった方々はとても誠実に対応をしてくださった。残念ながら身分と立場と視点が違った、そして方法が無かっただけ。それはその方々のせいではない。私は理不尽は死ぬほど嫌いだ。逆恨みをすることは無い。ただ終わらせる。
一時期よりは街中のマスク着用率は上がったけど、リスクの高いノーガード達こそがノーマスクで積極的に飛沫を撒き散らしまくるので危険は変わらない。この世界は危険な人間と理不尽の渦だ。
そんなわけで29日から練習を始めたMatchbox Twentyの"Back 2 good"は通せるようになるまでに4日もかかってしまった(寒くて長く弾けないし)。通せるといっても充分ではなく最低限の状態で。歌とギターのリズムのずれが難しかったっていうのはあると思うし、あとRobの節回しが私には落としにくいっていうのもあると思うんだけど、全然メロディーすら覚えられなくて(この曲はおそらくリリース当時には聞いていなくて新規で覚えようとした)、頭も死んでるなって思った。
飛び降りはしない。下に人がいて巻き込むと大変。飛び込みもしない。私は乗り鉄だったしダイヤを、あとは多くの人の時間を乱したくない。混雑すると感染リスクも上がる。そう言えば世界各地で起こっている子どものマイコプラズマ、なんだか嫌な感じだよね。
もうちょっとRobの曲を歌ってみたかった気もするけど、明日からはいよいよSavage Gardenの"Affirmation"(アルバム全曲歌い直し)に入ろうと思っている。ちゃんと歌えるかな、私のエレジーとレクイエム。だいぶあやしい。





































ナッツ類はだいぶ減った。ドライフルーツも先が見えてきた。使える素材の種類が限られて味が単調になりがちなので、最近は(白砂糖が多いからなあと)買ったまま放置していたジャム類をがんがん使ってケーキを焼いている。そして思うのである。やっぱり砂糖は美味しいんだよなあ、、と。。あとバターも有り無しで全然違う。卵も。最近は使っていないけど。
ま、諸々ノーカウント扱いで嗜好品として買っているお菓子類にはじゃぶじゃぶ使われているわけだしね。でもそこがノーカンだから自分で食事枠で作るものは、とも考えられるわけで、本当に物は考えようだなと思うなど。
システムも能力も使いようだし活かしよう。
