見出し画像

2025年9〜10月に観た映画の感想

あらすじ程度のネタバレがあります。特にオススメの映画にはタイトルのうしろに🌟つけてます。みた順で書いています。
以下のマガジンに他の月のぶんもあります。

リドリー・スコット『エイリアン』🌟

ジョーンズ^ ^
© 1979 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

映画館で字幕版をみました。2回目。1回目の感想は以下です。

最後の点滅フィーバーがしんどいのだけが難点ですが、やっぱすげーかっこよかったです。映画館でみれてよかった。
改めて見直しても内容のツッコミどころは多すぎますが、そこはご愛嬌ですね。宇宙船の中で火炎放射器なんて使わないでください。。。
科学責任者がいるとはいえやはりクルーはみんな職業宇宙飛行士ではないので、自分たちがいま異星人に接していると分かった時の反応が結構淡白なのは逆にリアルでよかったです(リプリーの隔離案の次に修理工の「冷凍しろ」が多分正しい対処だったのは皮肉すぎる)。これは前回みた時も思ったんですが、恒常的に宇宙船内部を1気圧1Gに保ちながら長期航行できる技術力をもつ時代の話と思えばあのへんのリスク管理が甘いのもまあ納得といえば納得ではあります。ガバいとこが突っ込みどころでありながら説得力にもなっている。「地球に帰るまであと10ヶ月かかる」と言われた時も「最悪や…」となるだけでパニクらなかったのも、10ヶ月缶詰になる用意自体はあるということだと思うので、そういう世界なんだなあと。あとEVAスーツがその辺のクローゼットみたいなところに引っ掛けてあるのも面白いですね。ハッチで消毒できるのに医務室の出入り口はそれないの?とか、背景の技術について思いを巡らすのも楽しいです。
内容全然関係ないですが改めてみると船長の見た目が好みすぎました。死んだのが惜しいです。
エイリアン、最初のインパクトは強いのですが後半の立ち回りがいたずらっ子すぎて、だんだんお調子者のちょけを見せ続けられている感じになって面白くなってました。もちろんおすすめです。

メル・スチュアート『夢のチョコレート工場』

これが夢ダ!!!
© 1971 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

U-NEXTで字幕版をみました。後発のティム・バートン版は数え切れないほどみたのですが、こちらは初めて。ウォンカの掘り下げがない以外、あらすじはほぼバートン版と同じです。一応ミュージカル映画。
世界的なお菓子メーカーのトップに君臨する謎めいたお菓子王:ウィリー・ウォンカは、世界で5人の工場見学者を選出するため、出荷するチョコレートに「金のチケット」を忍ばせます。選ばれた5人の子どもたちとその保護者たちは不思議なチョコレート工場を見学しますが…。というお話です。
ティム・バートン版のウォンカ(ジョニー・デップ)は見るからにサイコパスなのですが、71年版のこちらでは結構普通の大人の男として(最初は)登場します。びっくり。
この時代に「チョコレートの滝の部屋」その他工場の諸々をブツで作っていたのがすごすぎたのですが、デザインにティム・バートンのリスペクトを感じたのもアツい。というか基本的にティム・バートン版は演出もデザインも71年版を下敷きにしており、愛と才能を感じました。完全にみる順番逆なんですが仕方ないです。21世紀生まれなんでね。
こういう言い方をするとティム・バートン版のほうがええんやないかいと思われるかもしれないのですが、意外とそういうわけでもなく、結構好みは分かれそうだなと思いました。大人が作る子ども向け作品なのは間違いなくこっちでしょうね。あとウォンカが「ふざけてるのに喋りがずっと落ち着いる」というタイプの仕様のサイコパスで(船のくだりがヤバすぎて爆笑しました、急にドイツ語しか話さなくなったのも面白すぎる)、個人的にはジョニデのウォンカよりもメロくて好きでした。あの感じで普通に子供好きそうなのも面白い。愛すべきおかしサイコパスです。
また、おそらく原作のロアルド・ダールっぽさは71年版のほうが強いのではないでしょうか。たしかマイクのターンで「本を読めばCMのない世界に」とウンパ・ルンパが歌うシーンがあり、テレビの大台頭時代よりもアマプラが広告付きになってしまった今の方が含蓄があるなと思って苦笑しました。これは映画全体を通して感じたことですが、子供の世界に覆い被さる大人の影を指摘することを忘れないのはロアルド・ダールが読み継がれる児童文学作家たる所以の一つですね。
以下あまり好きではなかった点です。
一応ミュージカル映画なのですが、そもそも工場の世界観が変なのとウォンカがサイコパスなせいでミュージカルで歌っているのか急に平場に歌い出しているのかわからない場面が多々ありました。ティム・バートン版ではその辺の「ドン引きなんですが…」感を出すのがうまかったなあ。ジョニデのウォンカずっとキモいですもんね。ウォンカがデロンデロンに溶けた人形みせて「今のめっちゃよかったでしょ?!」とかやるのも、ドン引き事象がティムバートンにとっては「笑えるもの」で、映画内ではそのユーモアセンスについてはティム・バートン=ウォンカなんだろうなと思わせるところが好きです。
ただ、ラストの落とし方は本作もかなりよかったです。「突然夢が叶った人は、その後どうなったと思う?」とウォンカがチャーリーに語りかけるシーン、そしてその問いへの答えは、子どもたちへの愛のまなざしを全身で感じることができてめっちゃ好きでした。ティム・バートン版は「大人の中にある子ども」をもかっさらって救う物語となっていますが、こちらは徹底的に「大人」の目線の物語です。最近公開されたシャラメ主演の前日譚ふくめ、いろいろ見比べると楽しい作品だと思います。

ジェーン・シェーンブルン『テレビの中に入りたい』

© 2023 PINK OPAQUE RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画館で字幕版をみました。

毎週土曜日22時半。謎めいた深夜のテレビ番組「ピンク・オペーク」は生きづらい現実世界を忘れさせてくれる唯一の居場所だった。ティーンエイジャーのオーウェンとマディはこの番組に夢中になり、次第に番組の登場人物と自分たちを重ねるようになっていく。しかしある日マディは去り、オーウェンは一人残される。自分はいったい何者なのか?知りたい気持ちとそれを知ることの怖さとのはざまで、身動きができないまま、時間だけが過ぎていくー。

https://a24jp.com/films/tv-hairitai/

ホラー演出がとても好みでした。あと音楽もよかった。ただもっとホラーだとなお嬉しかったですね。あんまり怖くなくてさみしい…。
「ここから逃げ出したい」「どこか、私がうまく生きていける場所へ」…かなり切実で、ある意味で典型的に思春期らしい揺らぎは、ほとんど全ての人間が経験するものです。ですがそのうちの少なくとも何割かの人々は、人生を破壊されるほどの苦しみを抱いている。マディのように自分のアイデンティティの境界を戦う者がいる中、そこに乗り切れない(あるいはそうと自分で認めるのが怖い)主人公の「本当は何もないのに」という言葉は、我々がテレビ(そして映画)を観て埋めようと試みても良い方向には転ばずに、むしろ我々がそういう賑やかで煌びやかなものに生き埋めにされてしまうという痛みを描き出します。
特に前半はティーンエイジャーのメランコリーをそのままかわいくお出ししたような映画で見た目も楽しい映画ではあったのですが、所々ノリが合わなかったです。観ている間、「こういう映画を見ている自分」を客観視して(というかさせられて)ちょっと冷めたりしました。途中映画を観る人々が描写されていたのでそれも込みかもしれないのですが、むず痒い感じでした。
テレビがオワコンになっているこの現代に字面通り「テレビの中に入りたい」と思うかはよくわからないですが(「古き良き時代」を生きた人々ならそう思うのかもね)、コンテンツが溢れかえる世の中を鑑みるとその懸念はよくわかります。こんな苦しみのない世界に行きたい。テレビに限らない「向こう側」としてのエンタメは、機能不全家族に苦しめられているとか自分の価値を感じられないとかそういうとこから救ってくれるものでもありますが、それが飽和してしまうことによるデメリットもやはりありますね。
ぼーっと意味深な深夜番組をみながら越境のことを考えたりするという意味で "I Saw The TV Glow" という原題は秀逸だなと思ったのですが、日本語のタイトルはこれでよかったんだろうか…。意訳したらこうなるのもわからなくはないし直訳だとわかりにくいのは理解できますが、ちょっともったいないなと思いました。
エンディングは「マルチエンディングのホラゲのバッドエンドの一つ」という感じで味わい深かったですが、若干肩すかしを食らった感じもありました(トゥルーエンドではないものの、トゥルーを出すためのヒントや作品の本質が隠されているタイプのバッドエンド)。あれはあれでかなりしんどい終わり方でした。本質が目の前にあるんだけど、登場人物は気づけていない(もしくは完全に手遅れ)というはがゆさ。

ビリー・ワイルダー『失われた週末』🌟

© 1945 Universal Studios. All Rights Reserved.

U-NEXTで字幕版をみました。アル中転落映画です。
売れない作家のドンは酒浸り。見かねた兄と恋人が酒なしの週末を過ごさせようと試みますが、ドンは飲むためにあらゆる手を尽くし始めます。そんなことをしているうちに、ドンはついにはアルコール依存症患者専用の病棟へ入れられてしまうが…というお話です。
家中の至る所に酒瓶を隠している、シラフの時にもカスみたいな嘘をつく、とにかく安い酒を求める(質より量)など初っぱなからアル中すぎて泣かせてきます。酒飲んだ瞬間のドン、目がキマっててすごい。あとなんで自分で隠しといて覚えてへんねん。そういう意味で(?)とにかくドンの兄貴メロかったです。酒を飲まない男しか勝ちません。ただしドンはドンでアル中かつ手癖まで悪い小説家のくせに女にモテていて、ずるくてムカつきます。わからんでもないけど。
仕事と女と将来、全部ひっくるめた人生を酒でめちゃくちゃにされそうになりながらも、逃げるのではなく向き合うことによってなんとか持ち堪える。クライマックスまで事がよい方向に展開することもなく、じわじわ最悪の方に向かっていく焦燥感が秀逸です。ニューヨークとかいう街もかなり悪いですね。金さえあれば、客になれれば酒を手に入れることができるし、都会はすぐ切ることのできる縁も作りやすい…。
映画としてもとてもかっこよかったですが、何よりもやはりずっと少し不気味でよかったです。あれは酒というものにまとわりつく邪悪さなのかしら。みんなで禁酒しましょう。

ディック・カラザース『オアシス|ネブワース1996DAY2 Sunday 11th August 4Kデジタルリマスター版』🌟

© Big Brother Recordings Ltd

1996年にネブワースで開催された「伝説の」コンサート2日目をおさめたライブ映画です。2025年のリユニオン&ワールドツアーに伴い、4Kリマスター版が日本でも公開されました。
私はBlur派なのですが、11月にOasisのシドニー公演を観にいく予定だったので予習もかねて観にいきました。楽しかったですがもはや完成されすぎてて何かを感じる隙もあんまなかったですね。映画館につくと「誰がOasis観に来たのか」がファッションから明確にわかって面白かったです。東京公演当日に観にいったのでチケット買えなかったファンだろうなーとか思っていました。
このネブワースは昔すぎたのもあるかもですが、今回のリユニオンツアーがBlurのウェンブリーと同じ方向の感慨が発生するライブと考えると、そもそもこういうのはバンドがどうとか曲がどうとか以前に「魂」に刻んでおかないと100%楽しめないですね。大事なのは経験で、もっと有り体に言えばどれだけの時間このバンドの曲を聴いていたかにかかっています。思い出はそこに否が応でもくっついてきます。時間が先、人生が後です。これがないとライブは「私とOasisの時間」にはならない。悔しいです。でもポップスターっていうのはたんにそういう人間が大量発生してそうなった人たちなわけなので、そもそもタイミングとして乗り遅れていたらある程度は仕方ない気もします(Oasisはロックンロール・スターなのですが、PUNPEEが「ロックスターもラップスターも売れればポップスター」と言っていたのに賛同しているのでこうなっています)。
曲についてはライブ音源含め以前から聴いていたのと比較するほど聴きこんでいないのでノーコメント。
ただマジで感動したことが一つありました。「リアム・ギャラガーがリアム・ギャラガーだった」ことです。私リアムについてはネタツイ界隈みたいな投稿してるツイ廃おじさんのイメージしかなかったのですが、ふつうに話している時のリアムと同じで感激です。まああの頃はシラフではないでしょうから絶妙なところですが…。あと歌ってない時間のリアムがあんなに「無」なのを知りませんでした。デーモンとかは常に大暴れしてるので新鮮で面白かったです。無のリアムを見る時のノエルの顔が好きでした。ありがとう。急に出てきたジョン・スクワイアもかっこよかった。
ポスターにもなってますが「歌っているリアムを撮る画角」があるのがなんかよかったですね。しつこいくらいその画角が登場するのですが、やっぱりかっこいいのでこちらは黙るしかない。
これはOasisのライブに限らずなんですが、この規模のライブだと本当にどこまで客がいるのか見えなくて、これでも見たいと思う人々が集まるのって想像もできないくらいすごくてその熱狂に一周回ってゾッとすらします。自分もそこにいたいと思う気持ちには共感するのですが、なぜそう思ってしまうのかわからない。でもなんか、あいつらが生きてこの世界に存在してるってこの目で見てわかりたいよなあ。

トビー・Lblur : Live At Wembley Stadium🌟

長生きしてくれーーーー
©KADOKAWA

Oasis来日記念として開催された新文芸座の強制ステンディング上映にいきました。映画自体を観るのは2回目です。
Oasis、マジで日本にも来てくれてありがとう。お前たちがBlurファンの命を繋いだんだよ。Oasis東京公演買えずでしたが、公演当日が結果的に(図らずも)ブリットポップな週末になりました。ありがとう世界。1回目の感想は以下。

以下は新文芸座の関連ツイート。開催のモチベーションもそうですが、このためにオリジナルのライティングを組むという気合いの入りっぷり。めっちゃ楽しかったです。

というわけで基本強制立ち見で、疲れたら自由に座って良いよ~声出しも飛びはねもダンスも自由だよ~という回でした。前回映画館では静かにみていなければならなかったので、大暴れする権利を手に入れて本当に嬉しい。前日に行ったOasisネブワースよりも客層やファッションがバラバラだったのが興味深かったです。その辺にいる普通のおじちゃんおばちゃんみたいな人から同年代までいて最高でした。てかほぼライブ会場になっててすごかった。映画館ってこんなことしていいんすね…。
本当に改めて、デーモン・アルバーンという男のもつ世界を客体化して捉える能力と、それでも我々は世界に囚われているのだという、彼の実感としての悲痛な叫びこそがあの皮肉に結実していると痛感しました。Blurはネーゲル的な「アイロニカルな生」なんだ!!!
グレアム・コクソンは世界一かっこよくていい加減にしてほしいし、デーモンはあからさまに「今幸せだ!」という顔をめっちゃしてくれてありがたいし、アレックスは相変わらずスカしてるし、デイヴは直前まで松葉杖ついてたとは思えないし、感謝です、体大事にしてください。単純に大暴れ客降り大暴れで運動量が多いのもそうなんですが、働き方からしてもいまだに最前線にいるのを見ても、そもそもデーモンって体力めちゃくちゃあるんでしょうね…もともと多動っぽいとこはありそうですが、初老であんなに暴れて平気なのすごいです。それでも体心配ですけど。
この映画はデーモン越しにグレアムを、グレアム越しにデーモンを抜く瞬間がめちゃくちゃ多くて憎いんですが、グレアムとデーモンがいちゃつくのをみんなで見守る時間不思議すぎて面白かったです。2人に対して「これができてよかったね」と思うと同時に「家でやれ」とも思います。
あと前日のネブワースのリアムは本当に何言ってるかわからなかったんですが、ウェンブリーのデーモンはわざわざ適当な形而上学っぽい与太話をし始めて観客が絶妙な反応を示したタイミングで「ま、いいや…」って言って終わらせるのマジでうるせ〜(笑)と思いました。どっちも何言ってるかわからせる気がないですね。小賢しいガキがハマるわけだ…。曲(歌詞も)だけじゃなくてMCも、全てが大卒すぎてしゃらくさいです。
案の定Under the Westwayでみんな泣いてたのもめっちゃよかったなー、一緒に歌えるし泣けるし、「魂」のバンドを他のファンと一緒にみることができるのって幸せすぎますよ。好きなバンドが生きて活動中の皆様は万物に感謝した方が良いです。あとやっぱりライブの最後がThe Universal なのは良いですね。結局こんな世界になってしまったことやそうさせた我々自身への嘆きや醒めた視線も感じさせつつ、やはり「無事に帰ってね」という気持ちそのものなので…。そして最後の最後のデーモンの捌け方、大ちょけ小学生男子でほんまに大好き。また会いに行きます。
え?おれはこの目で見たんだ!!デーモン・アルバーンを見たんだよ!!!(発狂)

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集