“健常者” が陥っている大いなる勘違い「ハンチバック」のリアリティ
【 計画停電 】
東日本大震災では首都圏で「計画停電」が初めて実施され、震災による直接の被害がなかった地域の医療も大きな影響を受けた。自家発電機を備える病院も大量の電気が必要な診断装置を使えず、手術や救急治療を制限。在宅で人工呼吸器などを使う患者も非常用バッテリーの確保に追われた。夏に再び電力不足が予想される中、医療機関は節電対策に加え、自家発電の増強など対応を迫られている。
※計画停電・節電要請は健常者の生活を基準にして策定されてきた。
【 エイブリズム(Ableism) 】
厚みが3、4センチはある本を両手で押さえて没頭する読書は、他のどんな
行為よりも背骨に負荷をかける。私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、——5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの
無知な傲慢を憎んでいた。
※マチズモ(Machismo)とは、男性が優位であるべきという社会の構造や、
男らしさを誇示・強要する思想や行動の総称。ラテンアメリカの男性優位
主義が起源とされ、現代では職場や公共空間における女性軽視や、男性にも
強さを求める有害な価値観(マノスフィア)として問題視されている。
ドラマ「アドレセンス」で主人公の少年ジェイミー・ミラーが殺人を犯す
背景に彼の持つ性的価値観や女性観にこのマノスフィアが影響している。
【 “解放” に対する同調 】
この小説の主人公「井沢釈華」は「ミオチュブラー・ミオパチー」という
遺伝子変異による全身の筋力・筋緊張低下と呼吸・嚥下障害を呈する
先天性筋疾患で、身体的特徴は極度の脊柱側弯、いわゆる “せむし” だ。
釈華の “日常” は生命の危険と同居している。
ワンルームマンションの部屋の中の移動であっても私はいつも綿密に行動
計画を立ててから立ち上がる。吸引で引ききれない痰が途中で詰まって窒息する危険は常にあるし、痰がなくても無理して動きつづけていれば酸素飽和度は下がる。
小学校低学年のころ、釈華はいつも教室でまっすぐ背筋を伸ばして座って
いた。クラスの3分の1ほどの児童は、背中を丸めた異様な姿勢で先生の
板書をノートに写していた。姿勢の悪い健常児の背骨は曲がらず、私の背骨
は曲がり始める。あの子たちは正しい設計図を内蔵しており、私はミスプリ
ントされた設計図しか参照できない。私はどうやったらあの子たちみたいになれる?
1974年、米津知子は東京国立博物館で開かれた展覧会で「モナ・リザ」の
保護ガラスに向けて赤いスプレーを噴射した。当時、主催者である文化庁
は、会場の混雑予防のため、車いすの障害者やベビーカーの入場を事実上、
禁じようとしていた。米津もポリオの後遺症で装具を付けた右足を引きずる障害者で、ウーマンリブ活動家だった。そんな米津の行動に釈華は思う。
「米津知子の気持ちそのものに重なることはできない。だが私なりにモナ・リザを汚したくなる理由はある。(中略) 完成された姿でそこにずっとある
古いものが嫌いだ。壊れずに残って古びていくことに価値のあるものたちが
嫌いなのだ。生きれば生きるほど私の身体はいびつに壊れていく。」
【 咳嗽反射 】
咳き込んだ後はいつも、肺に湧いた痰を1時間に何回もの吸引で出しきるまで息苦しさが続くことになっている。たまに自分の髪の毛が気切口から気管内に入ってしまって、髪の毛は線毛に送られ食道の方へ蛇のようにずるずるとのぼって喉頭の蓋を越えていくのだが、その間ずっと息もできないほど咽せて苦しむ日もある。
「誤嚥」による「咳嗽反射」は正常な生体防御反射で、
「むせる・咳き込む」のは気道を掃除して肺を守る重要な仕組みだ。
咳反射や喀痰力が弱いと、誤嚥しても激しく咽ず異物が肺に残りやすく
なり、細菌が増殖して誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなる。
釈華はこのリスクを健常人の何百倍も抱えて生きている。
「咳嗽反射」の苦しさは、私も実感として理解できる。
釈華の百分の一程度の苦しさだろうけど…。
食道がんが頸部左リンパ節に転移していたため
左反回神経が麻痺。左声帯が開いたまま動かなくなり、嗄声になった。
声帯が閉じないため食事の際に度々誤嚥を起こし七転八倒の目にあった。
喉の奥が塞がり、息を吸うことも吐くこともできず、鼻水と涙だけが溢れ、
途切れ途切れにかすれたホイッスルのような音が口から短く出て行く。
「呼吸困難で死ぬのはこんな感じ」なのかなと床に転がり実感した。

生温い粘液をほとんど飲み込めない。気管に流れていく粘液を私の弱い咳はちゃんと吐き出せない。さらに食道の境で引っ掛かった粘液に咽せて身体が折れる。それが最も反射が敏感だから。(中略) ぶわぶわと肺から湧いて噴いた痰がカニューレから溢れた。滅多にはここまで酷い咽せ方にならないとはいえ、そういうことにも慣れている私は息がまったくできないまま枕元に這い上がり寝転がって吸引をしてから呼吸器を装着する。
もしも電源が入らなければ死ぬけど。肺が膨らみ、痰を泡立てる。
【 歪んだ権力者のあるべき姿 】
〈 生まれ変わたったら高級娼婦になりたい〉
金で摩擦が遠ざかった女から、摩擦で金を稼ぐ女になりたい。
〈 普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢です〉
釈華の人生は生まれた時から一つも思い通りにはなっていない。
ミスプリントのDNAに従った一生は書き換えようがない。
ならば両親が遺した “財” を武器にして “宿命” に復讐しようとする。
五体満足な女性たちが無意識に享受し、「感動」の文脈で雄弁に語る
「妊娠・出産」という聖域に対し、自分には許されていない「工程」を
最初から放棄し、「妊娠して堕ろす」という行為で、健常者が尊ぶ
「出産」という価値観を嘲笑しアイデンティティを確立しようとする。
男を生殖の「道具」と見なし、金で精子を提供する低所得者「田中」に
声を掛ける。倫理観を「金」でねじ伏せて自分の優位性を確認する。
ところが田中は釈華の思い通りには動かなかった。当初、釈華が要求した
“中出し” という記号的な行為に1億円の価値をつけたが、田中が行ったのは口腔への射精という「非・生殖的」で「無意味」な性行為だった。
田中は1億円の小切手を残したままグループホームを去って行った。
・そんな権力者は不都合な事案は金と脅しで隠蔽しようとする。
そしてそれがどこまでも有効だと疑いもしない。
【 ゴグとマゴグ 】『赤毛のアン』より

主なる神は言われる。わたしはゴグと、海沿いの国々に安らかに住む者に
対して火を送り、彼らにわたしが主であることを悟らせる。わたしはわが
聖なる名を、わが民イスラエルのうちに知らせ、重ねてわが聖なる名を汚させない。諸国民はわたしが主、イスラエルの聖者であることを悟る。
主なる神は言われる、見よ、これは来る、必ず成就する。これはわたしが
言った日である。
※最終章はマルチバース的な世界観で終わる。
釈華は現実世界への復讐を果たせなかった。
「金で人を支配し、物語を完結させる」という唯一の武器を無力化され
健常者は思い通りにならず “私の地獄” にも付き合わない。
それならば並行世界で「殺された女」として語られる存在になり、
それを語る「紗花」に逃避(それとも転生?)することを
選択したのだろうか?
釈華が人間であるために殺したがった子を、
いつか / いますぐ私は孕むだろう。
凄まじい小説だ。
たった73頁のその世界。
合わせ鏡をのぞき込んだ途端に
細く青白い腕に胸倉をつかまれて
引っ張りこまれたような錯覚に陥る。
気が付けば自分もそのマルチバースに
呆然と立ちすくんでいた。
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