interview Brandee Younger:ハープの新たな奏法や作曲、プロダクションの実験によるエモーションな表現(13,000字)
今やジャズハープにおいてはブランディー・ヤンガー以前・以後という文脈が確実にある。
ドロシー・アシュビーやアリス・コルトレーンが切り開いてきたジャズにおけるハープのは構成を更に拡張し、ジャズのみならず、ヒップホップやR&Bをはじめ、様々なシーンに進出していった。
今では様々なハープ奏者が活躍しているが、ここまでハープに居場所が与えられるようになったのはブランディーの活動あってこそだった。
ブランディーはインパルスと契約してから3作目のアルバム『Gadabout Season』を2025年にリリースした。
これまで彼女はドロシー・アシュビーやアリス・コルトレーンの偉大さを広めながら、ジャズ・ハープの周知にも努めてきた。前作『Brand New Life』ではヒップホップにサンプリングされてきた素材としてのドロシー・アシュビーのジャズ・ハープにまで踏み込んだ。ブランディーはジャズハープのあらゆる側面を研究していた。
しかし、ブランディーのすごさはジャズハープの歴史をインストールしたうえで、その先に進んでいるところ。既に彼女は先人たちの名前を出す必要などなく、独自のスタイルを確立している。
『Gadabout Season』はそんなジャズハープの新たな表現を提示したチャレンジングなアルバムだ。
奏法や旋律のみならず、プロダクションやミックスにいたるまで様々な実験が行われている。ジャズハープの表現がまたこのアルバムにより拡張されたと僕は思う。そんなアルバムについて語ってもらった。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:丸山京子
協力:ブルーノート東京 | 写真:Erin Patrice O'Brien

◉ 『Gadabout Season』のコンセプト
――まずアルバム『Gadabout Season』のコンセプトを教えてください。
タイトルの「gadabout」っていう言葉は、アメリカではあまり日常的に使う言葉じゃない。、でも、ある日「word of the day」のメールで送られてきた。ああいう単語と意味が紹介されるやつね。それで見てみたら、「気ままに楽しみを求める人」とか「喜びを探し求める人」っていう意味で。それを見ていろいろ考え始めた。最初はそれをベーシストのラシャーンに送って、「これあなたのことじゃん(笑)」みたいに冗談で言ってただけだった。
でも時間が経つにつれて、人生ってそういうものだよね、って思うようになって。生きていると、うまくいかないこともたくさんあるし、だからこそ「喜びを見つける」ってすごく大変なことでもある。だからこのアルバムのコンセプトは、まさにそこ。アルバムにはいろんな感情の幅を全部含んでいるんだけど、最終的には「喜び」にたどり着くことを目指している。つまり、「喜びを探す旅」みたいな感じかな。
――音楽的な意味でのコンセプトや方向性については、何か考えていましたか?
それぞれの曲に込めた感情が、言葉がなくてもちゃんと伝わるといいな、とは思っていた。たとえば「Breaking Point」は、自分でも不安になるような、ちょっと居心地の悪い感じがあるんだけど、それはまさにそういうふうに感じてもらいたくて作ったものなんだよね。それがちゃんと音を通して伝わればいいなって思ってる。
逆にタイトル曲の「Gadabout Season」はハッピーな感じにしたかった。全体としては、前の作品に比べてもう少し“頭で聴く”感じというか……うまく言葉が見つからないけど、ちょっとだけより思索的な方向に寄っていると思う。これまでの作品は、どちらかというとグルーヴ重視で、ファンキーで、っていう感じだったけど。それと所属してるレーベルのImpulse!からも「別の側面をもっと見せてみたら?」って言われていて。自分の中にそういう面もあるのに、あまりそこにとどまってこなかったよね、って。だから「じゃあ少しだけ出してみようかな」って思った。
――思索的って言ってましたけど、アルバム全体の雰囲気として、内省的で、どこか宇宙的な印象も受けました。そういった方向性も意識していたのでしょうか?
うん、それはたしかにそうだと思う。すごく内省的だし、本当に自分の内側から出てきたものだから。もちろんこれまでも内面から音楽は作ってきたけど、この作品は特に、この1年自分が経験してきたことがそのまま反映されている。
曲を書くためにニューヨーク州の北の方に行って、仕事含めた色んなことから離れて一人で過ごした。最初は何も出てこないんじゃないかと思っていたのに、実際にはどんどん出てきて。そこでは日記を書くみたいな感覚で音楽を書いていった。
あともうひとつ、すごく特別だったのが、このアルバムをアリス・コルトレーンのハープで録音したこと。しかも、この家で、この部屋で録ったんだよね。
◉ アリス・コルトレーンのハープ
――へー、アリス・コルトレーンのハープを使うことになったのはどんな経緯が?
もともと(2024-2025年に)「Year of Alice」っていう形で、いろんなコンサートやイベントをやっていて。ロサンゼルスのHammer Museumで展示があったり、その締めくくりとしてCarnegie Hallで大きなコンサートをやったり。そのときに彼女のハープを演奏したし、Detroit Jazz Festivalでも使った。そのあとシカゴのLyon & Healyの工場に送って、修理というかメンテナンスをしてもらって、その後にまたデトロイトで演奏した。その流れで「じゃあそのまま私のところに送って」と言って送ってもらった。ちょうどそのタイミングでアルバム制作をしていたから、使うことにした。本当に特別な体験だったよ。今も自宅にあるしね。
――アリスのハープって何か特別な仕様や特徴はあるんですか?カスタムメイドだったり。
このハープの話は知ってる?
――いや、よく知らないです。
1967年か68年くらいに、ジョン・コルトレーンがカリフォルニアとニューヨーク(57丁目)にあったLyon & Healyのショールームに行って、そこで一番いいハープを選んだ。でも、それって製作に1年かかる。その完成を待たずに彼は亡くなってしまった。だから、ジョンの死後、アリスのもとに金色のハープが届いたんだよね。だから彼女にとってもすごく特別な楽器だったし、彼女がそのハープで録音するようになったことは、ある意味でジョンの最後の贈り物みたいな感じだった。そういう意味ではすごく特別な楽器だけど、カスタムというわけではないかな。Lyon & Healyの最上位モデル「Style 11」だから、特別注文のハープだった、っていう感じ。
――あなたが普段使っているハープと比べて、機能的な違いはありますか?
機能的にはまったく同じ。サイズも構造も同じだから、すごく弾きやすかった。ただ音は違う。ハープのサウンドボードって木からできているから、木の違いで音も変わるんだよね。でも基本的には同じ楽器かな。
◉ 『Gadabout Season』楽曲解説
・「Reckoning」:ラシャーン・カーターのプロダクション
――オープニング曲の「Reckoning」では音色や響きが作り込まれていて、ヘッドフォンで聴くと音響的な面白さがよく聴き取れました。アルバム全体のサウンドのアプローチを聞かせてください。
それに関しては、私はまったく手柄を主張できない(笑)。100%ラシャーン・カーターのおかげ。彼はベースも弾いているだけじゃなくて、レコーディングもプロデュースも全部やってくれた。彼は音作りに徹底的にこだわっていた。「Reckoning」では特に「やっといろんなエフェクトを使える機会が来た」っていう感じで、自分のサウンドをしっかり刻み込んでいた。だからヘッドフォンで聴いたときのあの感じとか、音の広がり方とかは全部彼の仕事だね。
――そういった部分も含めて、今回のレコーディングでは、新しいことを試そうって話は事前にしていたのでしょうか?
今回はもう全てが新しかった(笑)。いつもはスタジオに入って、録って、はい終わり、って感じなんだけど、ラシャーンはそれを許してくれなかった(笑)。2〜3日録音して、「よし、素材は揃ったね。あとはオーバーダブして終わりだね」って思っていたら、1週間後に「ここ録り直そう」、2週間後に「やっぱりこれも録り直そう」って。もう本当におかしくなりそうだった(笑)。私だけじゃなくてドラマーもそうだったみたい。でも結果的には、そのプロセスにすごく感謝してる。曲がどんどん進化していって、最初に録ったときとはまったく違うものになったから。たとえば「BBL」なんて、最初の状態からはほとんどわからないくらい変わった。演奏して、録音して、試して、また変えて、ってことを繰り返して、最終的に二人ともすごく気に入る形にたどり着いた。あのときは大変だったけど(笑)、レコーディングを「一瞬の出来事」じゃなくて「旅」として考えるきっかけになったのは大きかったかな。
・「BBL」「End Means」:ハープの音色へのこだわり
――「BBL」や「End Means」のハープの音が印象的でした。プリペアドされているようなサウンドに聴こえました。あれはどのように演奏したのでしょうか?
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