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Interview Xenia França:アフロブラジレイロとしての誇り、ステレオタイプからの超克を込めたスピリチュアルな傑作を語る(13,000字)

シェニア・フランサの1作目『Xenia』は鮮烈だった。ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズに端を発し、そこに追随するかのようにハイエイタス・カイヨーテやジ・インターネット、ムーンチャイルドらがジャズ×ネオソウルの再解釈を行っていた2010年代。ブラジルの北東部、アフリカ系ブラジル人=アフロブラジレイロの人口がブラジルで最も多く、その文化の中にもアフリカ系の影響が色濃く残っているバイーア州に生まれたシェニア・フランサは、そんなジャズ×ネオソウルの流れにアフロブラジレイロの音楽の要素を加え、世界のどこにもない「ブラジルでしか生まれえない」サウンドを創造した。それが2017年にリリースされた『Xenia』だった。

アントニオ・ロウレイロやペドロ・マルチンスらがアメリカのコンテンポラリージャズに呼応したサウンドを作っていた流れと、ブラジル北東部のアフロブラジレイロたちが民間信仰であるカンドンブレに由来する音楽を現代的な要素と組み合わせて、新たなブラジル音楽を創出している流れが交差していたのがシェニア・フランサであり、ロウレンソ・ヘベッチスだったわけだ。

『Xenia』でプロデューサーを務めたギタリストで作曲家のロウレンソ・ヘベッチスは2016年の自身のデビュー作『O Corpo de Dentro』で、マリア・シュナイダー系譜の現代的なジャズ・ラージアンサンブルに、レチエレス・レイチ系譜のアフロブラジレイロのリズムを融合させ、その中にJディラ由来のネオソウル×ジャズのリズムや、カート・ローゼンウィンケル、アイザイア・シャーキーなど、様々なギタリストの影響をも盛り込んでいた。『Xenia』にはそこでのチャレンジが活かされていた。

しかし、『Xenia』はネオソウル×現代ジャズ×カンドンブレだけが特徴ではない。そこにブギーコズミックファンクの質感も加わり、スタイルが特定できないハイブリッドなサウンドが鳴っている。それを可能にしたのがもうひとりのプロデューサーのピポ・ペゴラーロだった。サンパウロを中心に活動する気鋭のプロデューサーであるピポは、シンセサイザーやエレクトロニクスの扱いに長けていて、シネマティックで空間的なサウンドやプロダクションをシェニアの音楽にもたらした。

しかも『Xenia』にはアフロブラジレイロとしての彼女のリアリティを歌詞に込めていたのも大きかった。そこにはフェミニズム、人種問題、環境問題など、様々な視点が反映されていて、サウンドにも歌詞にもシェニアの哲学や美意識が表現されていたのだ。そうしてこのアルバムはラテングラミーにもノミネートされ、彼女の知名度は飛躍的に向上することになった。

ただ、『Xenia』はあくまで序章に過ぎなかった。2作目『Em Nome da Estrela』は前作をはるかに超えた傑作だ。

『Xenia』ではネオソウル/R&B的な形式が目立っていたが、『Em Nome da Estrela』はまるで即興的に作られているのかと思えるほどに、曲のフォームが固定されていない。流れるように進みながら物語が描かれる楽曲のサウンドはエレクトロニックでスピリチュアルで、前作のネオソウル感はかなり後退している。これに関しては前作で控えめだったピポがかなり貢献している。ピポの2020年作『Antropocosmico』でのシンセを駆使したコズミックなサウンドが本作にも引き継がれ、その響きや質感を活かしながら流動的で瞑想的なストーリーを作り上げている。加えてそこにはロウレンソが手掛けたA Timeline『Oroboro』にも通じるプロダクション面の進化もある。フライング・ロータス周辺やハイエイタス・カイヨーテなどのフューチャリスティックなサウンドとの共通点も見られるが、それらとも異なる新たなサウンドが響いている。そうして生み出された『Em Nome da Estrela』で、彼女は全く別の次元に進化したと僕は考えている。

『Em Nome da Estrela』は前作以上に高い評価を得て、ブラジルの音楽サイトの年間ベストに選出されたり、Discogsのベスト・ニュー・アーティストにも選ばれた。

そんな『Em Nome da Estrela』の国内盤リリースに合わせ、シェニアのインタビューをここに掲載する。実はこれはアマロ・フレイタスやレチエレス・レイチ周辺への取材を続けていたところ、シェニア側から提案され、2022年にインタビューを行ったものだ。そんな良好な関係性もあり、ここでは作品だけでなく、彼女の思想や哲学にいたる内面にも深く話が及んだ。一万字にも及ぶシェニア・フランサの言葉をじっくりと読み込んでいただきたい。

取材・執筆・編集:柳樂光隆江利川侑介
取材・通訳・編集:島田愛加


◉シェニア・フランサの影響源

――これまでに聴いてきて自分にとって重要だと思うアーティストを教えてください。

 私に影響を与え、今でも影響を与え続けるアーティストはブラジル音楽だけでも膨大なリストがあります。私はブラジルのバイーア州に生まれです。私はバイーアの音楽から測り知れないことを学び、それが私のアイデンティティを形成しています。

 幼い頃はチンバラーダカルリーニョス・ブラウンのようなバイーア特有のサウンドから強い影響を受けました。最近はチンバラーダのアルバム『Andei Road』やカルリーニョス・ブラウンの『Alfagamabetizado』を改めてよく聴いています。自分の作品を作る際に、これらのアルバムを参照にする必要があると感じたからです。ジルベルト・ジルのアルバムも細部まで非常に豊かな表現があります。オルケストラ・フンピレズや、その創始者であるレチエレス・レイチも、私が音楽を作り上げる上で大きな影響を与えてくれました。

バイーアの音楽以外も沢山聴いてきました。ジャズであればハービー・ハンコックウェイン・ショーターエスペランサ・スポルディングエリカ・バドゥ、ポップスであれば幼い頃からマイケル・ジャクソンを聴いていました。マイケルは私にとって偉大なアイドルです。

あとはジャヴァンミルトン・ナシメントカエターノ・ヴェローゾなど、現代的なブラジル音楽の表現をするアーティストもいます。

このように、これまで聴いてきた音楽がミキサーの中で合わさって私の音楽性に影響を与えました。

◉アフロブラジレイロ音楽との関係

――バイーア州のカマサリ(Camaçari)出身とのことですが、アフロブラジレイロの音楽には子供のころから親しんでたのでしょうか?

 はい。とても自然な形で触れてきました。私が生まれたカマサリはアフリカのディアスポラが非常に強いバイーア州に位置します。

ブラジルはバイーアから始まった歴史があります。ポルトガル人がブラジルに到着してから、彼らの奴隷としてアフリカ人がバイーアの港に連れてこられました。バイーアは時を経た現在でも、その影響が残る場所です。そして、バイーアではアフリカの様々な表現が混ざり合い、文化が生まれました。そのためバイーアはアフリカ国外で最もアフリカを感じる場所と言われていて、「小さなアフリカ」という通称があるほどです。また、広大なアフリカほどは広くないので、様々な民族系統の言葉や文化が凝縮されたことで、独自の表現が生まれました。おそらく、その中でも最もアイデンティティが表れたのは音楽だと思いますが、ダンスや料理にも強く表れています。それらの全ては1つの所に繋がっています。

 音楽は何もない所から生まれませんから。バイーアで主に信仰されるアフロブラジル宗教であるカンドンブレの演奏は、テヘイロ(カンドンブレの儀式を行う場所)を越えてバイーアのポピュラー音楽の中でも表現されるようになりました。アシェーやカーニバルの音楽もそのように展開されていきました。

最初の質問でレチエレス・レイチの名前を挙げましたが、彼はそれまで添え物とされていたアフロブラジル音楽の要素を前面に持ってきた人です。アフロブラジル音楽とジャズと融合させたのも重要なことでした。

 私はサンパウロに引っ越すまで、そういったアフロブラジル音楽を聴いてきました。アフロブラジル音楽は私に流れる血、私の骨の中、頭の中にある自然なものです。私は自分のアイデンティティからなる祖先の文化、タンボール(カンドンブレで使われるアタバキを含む太鼓のこと)の音に敬意を示し、私の音楽に取り入れています。そのために特に何か研究をしたわけではないんです。なぜならそれらは私が生まれた場所が私に与えてくれたものだったからです。つまり、非常に自然なプロセスなんです。

◉1stアルバム『Xenia』のこと

――2017年にリリースしたアルバム『Xenia』のコンセプトを聞かせてください。

最初に言えることは、このアルバムは自然な形で「私」を表現したものということです。

私は17歳でサンパウロに渡り、青年期の半分をそこで過ごしました。沢山の音楽プロジェクトに参加し、アフリカ由来の音楽を追求するアラーフィア(Aláfia)というバンドでヴォーカルを務めました。

 ソロのアルバムを作ろうと思った時、私は自分が育ったバイーア特有のアフロブラジル音楽を引用したいと考えました。先ほどもお話しした、テヘイロから聴こえる3つのタンボール(フン、フンピ、レ)の音です。

その他にもキューバへ行ったときに出会った音楽なども含まれます。キューバとバイーアの音楽文化は似た部分が沢山あります。例えばキューバのバタはカンドンブレのタンボールと同じく3種類の太鼓から成り立っています。ブラジルのカンドンブレのリズム 「イジェシャー」はキューバの「ルンバ」のクラーベに共通するところがあるように、これらの音楽には同じ柱があります。私はそこからヒントを得ました。私はあくまで歌手で、研究者ではないので、自分の耳で聴いたものを記憶し、それらを混ぜ合せ、私にとって意味のある音楽になるように仲間と共に作り上げたんです。そこにはマイケル・ジャクソンオロドゥンハービー・ハンコックなど様々な要素も含まれています。そうそう、マイケルは90年代にオロドゥンとビデオクリップで共演もしていますね。

1枚目『Xenia』も2枚目『Em Nome Da Estrela』も、主にスタジオの中で制作したもので、研究室で錬金術を試すようなプロセスでした。ほぼ全ての曲は予めアレンジが決まっていなくて、私とロウレンソ・ヘベッチスピポ・ペゴラーロの3人で楽しみながら、楽曲の良さを引き出せるように制作に没頭しました。1枚目よりも2枚目のアルバムの方がよりそれがより深く追及され、シンセサイザーが多く登場し、シンセサイザーとタンボールの対話も増えました。『Em Nome Da Estrela』では仕掛けを作ったり、間奏にもこだわったり、ハーモニーもより豊かになったと思います。

――『Xenia』では全体的にR&Bやネオソウルなどのアフリカンアメリカンの音楽の要素がかなりありますが、そこにアフロブラジレイロ由来のリズムを組み合わせるアイデアがとても新鮮でした。このアイデアのインスピレーションになったものはありますか?

 制作にあたって特別参考にした作品はありませんでした。スタジオで偶然生まれたものだと思います。

 共同制作者のロウレンソ・ヘベッチスはバークリーに留学していたので、知識が豊富で、様々な音楽を吸収しています。彼のアルバム『O Corpo de Dentro』を初めて聴いた時、私はすぐにプロデューサーになってほしいと考えました。ロウレンソは非常に繊細なミュージシャンで、シンプルなメロディに豊かなハーモニーをつけることができます。

1枚目のアルバムを制作する時からロウレンソとピポを呼んだ理由は、正反対の2人は全く新しいアイデアを生み出すことが出来るからです。ロウレンソとピポは2人ともギタリストですが、アルバムではあまりギターを使わずに素晴らしいアレンジのアイデアを提供してくれました。

ピポ・ペゴラーロはアカデミックと言うよりも、実践で音楽を覚えた都会っ子。大都市サンパウロで様々な音楽経験を積んだ人です。ピポがギターを手にした時、(ロウレンソよりも)よりポップなサウンドを作ってくれるのと、映画的・宇宙的な空間を作り出すのが上手いんです。なので、この正反対の2人のコンビネーションは全く上手くいかないか、すごく上手くいくかのどちらかだと思っていました(笑) 結果的に上手くいったんですけどね。

 2枚目のアルバム『Em Nome Da Estrela』を作成する前、ノヴォス・バイアーノスへのオマージュとして制作されるコンピレーション・アルバムで「A menina dança」を歌うことになったんです。ベイビー・コンスエロが歌ったとても有名な曲で、沢山のアーティストがカバーしていますから、依頼されたとき戸惑いました。ちょうどパンデミックに突入し、ロックダウンが始まろうとしていた頃です。一週間以内に曲を仕上げる必要があったので、ロウレンソとピポを呼んでスタジオで制作したら私たちらしい凄くかっこいいアレンジができました。その時に、2枚目のアルバムを作る時だと感じました。どちらのアルバムも、大好きな2人と共に実験的なプロセスを経て、私自身のアイデンティティをアーティストとして表現した結果出来上がったものです。私たちは楽曲をリスペクトしながら、それぞれの音楽的感性を使ってその時に必要な音、表現したい音を選びました。楽曲が何を伝えたいかを第一に優先する考えは3人とも共通していて、制作中もよく考え、次の日にはまた違うことを試したり。とにかく実験的なプロセスでした。

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