解題『両性具有神の恋』⑥:ヘルマプロディートス(両性具有神)像と砂時計
2026年4月下旬発売の長編小説、『両性具有神の恋』を解説するエッセイシリーズです。
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「眠れるヘルマプロディートス」像
本作の初稿制作時の題名は『ヘルマプロディートス、わが愛』でした。Hermaphroditus, My Love という英語タイトルの発想が先にあり、それを日本語に訳して題名を決めたからです。しかし、初稿連載時の読者の方々とやり取りをするうち、この題名では憶えにくく書きにくいのがわかってきたので、現行のものに変えました。英語タイトルはそのままとしています。
ギリシア神話に登場するヘルマプロディートスは、ヨーロッパ世界で彫像や絵画の題材とされてきました。本作に登場する彫像の原形は古代ギリシアで制作され、後世に作られた複数のレプリカが現存します。そのうちの一つはルーブル美術館に収蔵されています。
以下は作中、この像について初めて言及されるシーンからの引用です。
「ルーブル美術館のものだよ。『眠れるヘルマプロディートス』という。人物像はローマの遺跡で発見されたもので、マットレスの彫刻は十七世紀に付け加えられたそうだ。ギリシア神話の知識はある?」
「少しは」
「伝令の神ヘルメースと、愛と美の神アプロディーテーの間に生まれた子どもだから、二つの神を合わせた名前になっているんだ。もとは美しい少年の姿だったのが、ニンフ、女の妖精が彼に恋をして、神々に頼んで彼と一体化してしまった。それでこのような姿になったという神話がある」
「そんな願いを聞くなんて、とんでもない神様たちですね」
ここで触れられているギリシア神話の神々の名は、「ヘルメス」「アフロディーテ」の表記が一般的ですが、個人的な思い入れから、長く手元にある呉茂一『ギリシア神話』の表記に従いました。ヘルマプロディートスの神話もこの本での紹介を踏まえています。
本作の語り手・朝永惇也教授は、人生の一時期、アメリカ人の恋人のために「女性」としての時間を生きた過去があります。一方、彼のTAを務める大学院生の如月燎は中性的な容貌の持ち主で、本作では説明していませんが、思春期を過ぎるまで世間との間にさまざまな軋轢を経験しています。本作におけるヘルマプロディートス像は、両性の境界を行き来する存在を象徴しています。
掲載写真出典:File:Sleeping Hermaphroditus, Louvre Museum, Paris 14 July 2013.jpg - Wikimedia Commons
砂時計と時間
一時、この作品を英語圏で電子出版したいと考え、初稿を英訳してアメリカ人の校閲・校正者にチェックしてもらったことがあります。その際に「この作品のテーマには『時間』がありますね」というコメントをもらったのですが、自分では認識していませんでした。作家のスティーヴン・キングが『書くことについて』(原題:On Writing)で、テーマはあらかじめ決めなくても、作品からおのずから浮かんでくるものと語っていましたが、その通りだったということになります。そこで、二稿目からは意識的に時間のテーマに関わる描写を入れました。その一つが砂時計です。
時間の象徴としてよく使われる砂時計ですが、本作中の砂時計は、惇也が研究室でお茶を淹れる際に使っているものです。中に入っている砂はラヴェンダー色の人工砂で、これは筒井康隆『時をかける少女』で、ラヴェンダー(同作中では「ラベンダー」表記だったと記憶)の香りが印象的に使われているのに対するオマージュです。
砂時計のイメージはしばしば、「時間が有限であること」「残り時間があまりないこと」の比喩として使われますが、この作品では、砂が詰まって落ちない砂時計=止まった時間、砂がスムーズに落ちる砂時計=流れる時間を象徴させています。また上記のヘルマプロディートスも、二つの性を併せ持つもののほかに、時間のテーマと絡めて扱っています。どのような描写になっているかは、作品中で確認していただければと思います。
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次回のトピック:ナサニエル・ホーソーン「痣」「ラパチーニの娘」「緋文字」
シリーズ第10回までの目次は以下にあります。2026年5月1日まで、週1回、金曜日の20:30に順次公開します。
https://note.com/eiko_mt/n/n40f2d6418db1
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