世界遺産と「西洋建築史」④|ロマネスク建築
ロマネスク建築の特徴
8世紀末になると、フランク王国カロリング朝カール大帝が勢力を伸ばし、「アーヘンの大聖堂」を建設しました。
しかし、このような建築は他には建てられず、次の建築黄金期到来まで待たなければなりません。
11世紀になると、ローマ時代の建築遺構を模倣した単純で質素な石造建築であるロマネスク建築が生まれることになります。
ロマネスクとは「ローマ風」という意味で、バシリカを基本形とし、中央の身廊の両側に列柱で区切られた側廊を持ち、キリスト教の終末思想を反映しています。
ラテン語を読めない一般人のために、タンパン(入口の扉の上にある半円形の装飾的な壁面)や柱頭にレリーフなどで寓意的に描かれています。
小さな窓と石造りの厚い壁、かまぼこ型のヴォールト、半円アーチなどが特徴で、重厚感があります。
ロマネスクに関する遺産
ロマネスク建築の中で、形式を有したのが「巡礼教会堂」であり、聖ヤコブの遺体を安置するスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂(「サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)」「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道」「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(仏)」それぞれ別の遺産として登録、1つ目が大聖堂とその旧市街が評価、あとの2つが巡礼路の道の遺産として登録されている)に詣でることが流行し、巡礼路に沿って同じ形式の教会堂が多数建てられました。
これら教会堂はラテン十字バシリカ形式で、聖遺物の周りに周歩廊が作られました。

ライン川沿岸では、北方ゲルマンに土着の木造建築の伝統と融合しながら発展していきました。
この地方の教会堂建築は、二重内陣式平面と多塔形式を基本としていて、木造屋根が架けられたバシリカ式プランが一般的であった。
とくにドイツ・ロマネスク様式としてハインリヒ4世よって改築された「シュパイアの大聖堂」が周辺地域の発展に大きな影響を及ぼしました。

フランス南西部では、地中海地方の石造建築が、異文化との交流を通して発展しました。
「ヴェズレーの教会と丘」は単体だけでなく、先ほど述べた「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成資産としても登録されており、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼の中継地として多くの巡礼者で賑わいました。
1946年には「平和のための十字軍」として平和への祈りを込めて行われた巡礼でも知られています。

ノルマンディー公ウィリアム1世によって征服されたイギリスでは西欧ではじめてリブ・ヴォールトを用いた「ダラム城と大聖堂」の大聖堂が知られています。
この大聖堂はグロテスク装飾(人間、動物、植物を曲線的に組み合わせた異様で幻想的な壁画や装飾様式の意)が用いられており、ゴシック様式の先駆けとなっています。
ちなみに、ここはハリーポッターに出てくるホグワーツのロケ地として有名です。

ピサの斜塔は世界的に有名でガリレオ・ガリレイが力学の実験を行ったという逸話がある建築です。
ピサ大聖堂は大聖堂、洗礼堂、斜塔、カンポサント(共同墓地)からなり、統一した様式で建てられた建築群として魅力を誇っています。
大聖堂の平面は、基本的には5廊式のバシリカですが、袖廊は3廊に分かれ、それぞれにアプスを持つので大小3つのバシリカ式教会が融合したように見えます。


次回はゴシック建築です。
ついに宗教建築の最盛期となっています!
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