ある霊泉の宿に泊まった時に、そのフロントに埃を被った古い透明な一升瓶が置かれてありました。
中には1975年に汲まれたと書かれた、その霊泉の水が入っているのですが、51年前のその水は一つの澱もなく、凄まじく透明で澄んだまま。
昔から皮膚病に効くと有名な温泉で、普通の客用の温泉とは別に治療専用の浴室もありました。
この近くで製造されている、おそらく日本一だとも言われているエステ専売の高級化粧品にも、ここの水が使われている製品があります。
そんな宿の食事は、温泉と同じ水を使用されていますので、とにかくお水とご飯が美味しいんです。
お米自体はどこでも手に入るものかもしれません。
でもこんなにご飯が美味しいと思ったのは初めてでした。
水が良いとこんなにも違うのかと。
一つ前の記事の続きと補足でもありますが、水にも質の違いはあると思うんですよ。
こんな奇跡の霊泉から、身体に良く無い添加物もいっぱい入った水道水や汚染された水まで。
身体は水分を多分に含みますが、目に見えない身体の方もきっと目に見えない水で満たされ、その質はそれぞれ異なるのかもしれません。
元々の水が良いと51年前の水でも高透明なまま劣化はしませんが、元の水の質によっては簡単に腐ってしまう。
その劣化のしやすさも人それぞれでしょうし、たとえ元の質はさほど良くなくとも、澱が出たらその都度対処してきた場合とそうでない場合の差は、当然出るんじゃないでしょうか。
美容やお肌のお手入れだと、それが目に見えるのでわかりやすいですが、見えない領域もきっと一緒です。
今はまだ見える部分だけを良く偽装する社会ですが、本当は現象潜象両界で同質なものが♾️の形でループし循環しているはずです。
そしてそれを同時に見る人が少しずつ増える未来の方へ、私は目に見えぬ富を投資しています。
だってその方が豊かで面白い。
現象潜象両界で同質なものが♾️の形でループし循環している。
良い水に触れると、それが本当によくわかります。
そういう訓練が少しづつ直感を研ぎ澄ませて開きます。
自分がまだ濁って鈍い時は、外にある良きものを基準にして、そこにチューニングを合わせます。
自分がダメで、外の良いものが素晴らしいんじゃないですよ。
音が外れたら、外れたことに気づいて、本来の音に合わせれば良いだけ。
ダメに固定されているんじゃなくて、私たちには可動域がありますので、そこを動かすだけなんですよ。
それが治癒の流れなんじゃないでしょうか。
水、石、音はその両界を行き来するための鍵でもあり、私たちも本来はその境界を生きるべく、そういう設計で出来ているはずです。
