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違う、そうじゃないって言えなかった話


小5の1学期。
休み時間の教室はちょっとざわついていた。
ついさっき いつもクラスの中心になっている元気な女子数人が
「これから男子の人気投票しまーす! 女子はみんな協力してね」
と宣言したからだ。

人気投票? 
女子界の世事に疎かった私は そもそも人気投票が何なのかすらよく分かっていなかった。

女子界の世事に疎い。
いわゆる「ふつう」の女子とはどんなものなのか分からない。
それは 私の引け目に感じているところであり
「ふつう」の女子に憧れてもいた。
その原因は主に母だ。

母は「子供を甘やかしてはいけない」と固く信じている人だった。
子供の好きなものを与えるとか、子供の言うことを聞く=甘やかすだと思っていたようだ。

当然うちにはいろいろな厳格ルールがあった。
・食事は正座
・漫画は禁止
・見ていいテレビは一日30分まで。主にまんが日本昔ばなしとか世界名作劇場
・家事は当番制
・お小遣いは学年✕100円 お年玉はなし
・サンタさんにいくら他のものをお願いしても いつも届くのは本
・音楽はNHKみんなのうたとかクラシック

溢れ出る母のエピソードはまた別の機会に…

まるで生活の全てに『文科省推薦』のシールが貼られてでもいるような
そんな私には 男子の人気投票についての知識はほとんどなかったけど
クラスの中心の女子がきゃーきゃー楽しそうにしているのだから
私も参加しないと! それがきっと「ふつう」なのだろうから。

分からないことはすぐに聞かないで自分で考えなさい
というのももちろん母の厳格ルールの一つだったので
私は近くの席の女子に聞くこともなく 自分で考えた。

学級委員を決める投票は 
学級委員によさそうな人を書いて投票するわけだから
人気投票ということは つまり…
そうか、人気がありそうな人を書いて投票すればいいんだな!

…微妙に違う気がする。

そうこうしているうちにノートを切った小さな紙が配られ
私は 少し考えたあと、そこにBくんの名前を書いた。
小さく畳まれた紙片はなんとなく厳かに回収され
結果発表は次の休み時間だか放課後だかにする と宣言されたと思う。

当時そのクラスには スポーツが得意なAくんがいた。
いつも仲の良い男子に囲まれていて
自分からは悪ノリしないんだけど
周りが騒ぐから仕方なく一緒に笑ってるんだよな~という感じ。
自分がモテることを自覚しているタイプ。
女子たちには人気があるらしいことは私も何となく分かっていた。

そしてBくんは、そのAくんといつも一緒にいて騒いでいた男子だ。
声が大きくてよく騒ぐので
先生からは「おーい、B、静かにしろー」と言われ
女子たちからは「やーね、Bって」と言われながらも
元気な3枚目という感じの明るいタイプ。

別に私はBくんが好きだったわけではなくて
人間性が良さそうだなと思ったのだ。
きっと人気があるんじゃないかなと。
そしてそう思っている人が私の他にも当然いるだろうとも。

開票の時が来た。
女子はもちろん、男子たちも気にならないはずがなく
ニヤニヤしながら開票の行方を見つめている。
結果は圧倒的多数のAくんが1位。
そして他に2人くらい複数票を集めた男子がいて


Bくんに1票。


私だ。

「えー、うそでしょー」

その、Bくんに1票がカウントされた時のざわめきと
あまりにも意外そうな女子たちの悲鳴にも似た声に

「やってしまった…」

私は 自分が2つの間違いをしたことに気づく。

1・人気投票というのは 
人気がありそうな人に投票するのではなく
自分が好きな人の名前を書くらしいこと
(前者と後者が一致することは多分ある)

2・Bくんは女子に全然人気がなかったこと。
つまり自分の価値観は「ふつう」の女子ではなかったこと。

そこから 1位のAくんのことはそっちのけで
「犯人探し」が始まった。

誰がBなんて名前を書いたのか。
女子たちのネットワークと調査の結果、前の席の子が
その捜査役を任命されたらしい。
授業の後、前の席の女子がこちらを振り向き
声を潜めて私に聞いた。

「ねえ、絶対内緒にするから教えてくれる?
Cさん(私)って、この前の人気投票にBって書いたの?」

絶妙な問いだと思う。
この質問がもし「CさんってBが好きなの?」だったら
「違うよ」って答えただろう。
だけど聞かれたのは「Bって書いたか」である。

嘘をついてはいけない。これも我が家の厳格ルールの一つだった。
私は正直に、そしてなぜか同じように声を潜めて答えた。

「うん。書いたよ」
「ありがとう教えてくれて。絶対内緒にするね」
と前に向き直った彼女の顔に「してやったり」という表情が浮かんだのを
私は見逃さなかった。

なぜ中途半端に合わせてしまったんだろう。
こういうときは声を潜めるものだって 
何となく恥ずかしそうに振る舞うものだって思ってしまったんだろう。
まるで中途半端に人間を学習した生成AIみたいだ。

予想どおり次の日から女子がひそひそ話をしているのが分かった。
「へえー、Cさんだったんだ、意外ー」
直接言ってくれればいいのに。あくまでもひそひそ話で。

ちょっと困ったのはBくんが結構喜んでくれていたらしいことだ。
嫌がられるよりはもちろんいいけれども。
小学生の時期だもの、意外な人物からだとしても
自分に一票投じてくれたなんて
俄然気になるし意識してしまうだろう。
私だってもし同じ立場だったらそうだと思う。

もはや 「いや~解釈をいろいろ間違いまして」 なんて
言える空気じゃなくなっていた。

数日後に1学期が終わったら
県外に転校することが決まっていなければ
もう少し困ったかもしれない。
この時ばかりは転校することにホッとした部分もあった。

1学期の終わりの日。
転校する私の机周りには 先生に促されたクラスの女子たちが集まって
口々にお別れの言葉を述べてくれていた。
ちょっとしたメモ帳とかマスコットのプレゼントをくれた子もいた。

本当は 転校したくないと家で泣いては 母に
「もう決まったんだからしょうがないでしょう!」とキレられていたけれど
それは環境が変わることの不安と 
転校生という立場で目立ちたくないという理由だったから

(ちなみに新興住宅地に越したので転校生が多く
あまり目立たなくて済んだ)

「ありがとう」
と返事をしながら

そんなに仲良かったわけでもないのにどうして
悲しそうな顔をしてくれるんだろう
気軽にうそをつけるんだな
何が絶対内緒にするね、だよ
そもそも人気投票って何だ
要するに女子の思想調査なんじゃないか
そんなふうに思う自分がおかしいのかな
「ふつう」の女子にはなりたくてもなれない気がする
手紙書くよとか言うけど きっと手紙なんてくれないんだろうな

みたいなことを考えていたかもしれない。

今になってもSNSが苦手な理由って
こういうところにもあるのかも。
10歳の頃から あまり成長していないということか。
(がーん…)

それとも、人間は10歳の頃にはもう人格がほぼ出来上がっているとも
言えるのかしら。

引き合いに出すのはおこがましいけれど
脳科学者の中野信子さんが
子供のころ自分の発言でクラスが静まり返ったことがあって
それからは注意深く周りを観察して合わせるようにした
というようなことを何かのインタビューで答えていて
ちょっとだけ分かると思った。

もし今もう一度あの時に戻って人気投票をするなら
しれっとAくんの名前を書けるかもしれない。
でもなー。
やっぱりアマノジャクだから白票を投じたりするかもしれないなぁ。

そういえば引っ越した後 その時にもらったお別れのプレゼントたちの中に
明らかにぶきっちょな縫い目の
フェルトの小銭入れのようなものがあるのを見つけた。
ものすごく大きな縫い目でザクザクと縫われたそれは
たぶん家庭科の授業で作ったもの。
イニシャルのような刺繍がしてあってBくんの名前と一致していた。
いつ机に置かれたのか全然気が付かなかった。
Bくんなりに餞別をと考えてくれたのかもしれない。
なんか、巻き込んじゃってごめんなさい、という気持ちになったけど
たぶん誰も傷ついていないから許してほしい。

そしてそれから45年たち、やっと言えるこの一言。

違う、そうじゃないんだよ~!


でもBくんに一票入れた自分の観察眼は
そんなに間違っていなかったとは思っています。
根拠はないですけど。

みんなどこかでそれぞれの人生を
頑張っていることでしょう。

オチも教訓もない話にお付き合いいただきありがとうございました。
※実話です。
(この記憶力を今後はぜひ司法書士試験の勉強に振り向けたいと思います。)
姉妹編はこちらからどうぞ。

45年前の私



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