見出し画像

中学2年生 日常を忘れて18きっぷ旅 2日目

上記の記事の続きである。。前回はなぜか2000系の話をしてしまったが、話を戻そう。

朝の草津線に乗り込むと部活に向かう高校生たちがいた。少し現実に引き戻されたが、僕はこのまま九州へ向かうのだと、もう一度決意を明確にする。
琵琶湖がチラチラと見え出して、そのまま山科の大カーブに入る。列車の後方がぼんやりと見える瞬間が好きだ。

行先表示がいかにもせっかちだ


京都の駅で朝食を摂ることにした。山陰線ホームに這入るとうどん屋がある。熱いうどんをすすった後の口元を拭いながら、新快速が来るホームに上がる。このまま新快速で姫路まで向かうのだが、北勢線と比べ物にならないぐらいのスピードで走る。走るというか、暴走である。行き先表示の新快速という文字もせかせかしたような字だ。
東海道線、山陽線の姫路までは、住宅街を押しのけるように走っていて、自分がえらくなったような気分になる。
従来、新快速は姫路に着く前に焦った心を落ち着かせるように構内にはいるのだが、そこでもなんと隣を走る新幹線を追い越してしまったのだ。とんでもない速さだ。
姫路には僕のいとこがいて会いに行ってもいいのだが、10分しかいないため、祖父と熱々のコーヒーを買ってお仕舞いにする。

熱々のコーヒーを嘗めながら走って、景色から高いビルが消えてくる頃には播州赤穂だった。

夏らしい空が広がる


これから赤穂線である。突然、播州赤穂の駅名標の前に立って、2人で写真を撮った。ここで僕は煤けた黒いショルダーバッグからボロボロの単語帳を取り出した。この単語帳はたくさん使ってボロボロになったのではなく、以前水筒の水が漏れ出して、水分を吸ってしまったのである。日本海のように波を打っている。これを取り出して、お勉強を始める。

旅の時も、寝る前5分しましたよ


guess 推測する out of order 壊れる など今まで覚えた単語を反芻する。
そうしていると静かに列車は発車した。足でリズムを刻めるぐらいのちょうどいい速度で進んでいる。JR西日本の運転士さんはほとんどの人が帽子を外して運転している。ヨーロッパのようである。そのうちヨーロッパのように何か食べ物を食べながら運転するようになるかもしれない。
足でリズムを刻みながら走っていくと、オレンジ色の太陽に照らされた瓦屋根と瀬戸内海が見えてきた。反射した光が僕の頰に当たってほかほかする。眠くなってきたところで降りたい駅の一つだった、日生駅に着いた。日生でひなせとよむ。いかにも暖かい場所らしい名前だ。降りて、あたりを見渡すと、茶碗をひっくり返したような山には植林でひなせ、と書いてあった。この町の人々は日生に誇りを持っているのかもしれない。

どうやって作ったんだろう


小さい湾に面したこの街では、牡蠣が有名だと言う。牡蠣はoysterである。カキフライを食べる。
瀬戸内海をぼーっとみてから、再び冷房のきいた列車に乗り込む。汗が一気にひいてくる。西日本の、じんわりと暖かい陽光が顔に当たって眠くなってきた。東岡山という駅名標を見て我に帰る。ちょうどそこの付近は、内田百閒氏が第一阿房列車で書いた、岡山の近くになると床下からこうこう、という音が聞こえると書いた場所である。耳を澄ませてみるがなかなか聞こえない。残念である。
それから先も岡山をすぎても、丘を滑るように走っていく。乗り心地もよく、気持ちいい。
福山の薄暗い駅からは多くの人が乗り込んだ。仕方がないから、補助席に座った。
ついに尾道の近くになった。瀬戸内海が見える。本日2回目の瀬戸内海だ。列車は海岸線を舐めるように縁を走る。
反対側を見ると、急な坂が反りたっていて不思議な地形だなと思う。
乗っているだけでも磯の匂いがするような気がした。
ここでまたもや祖父の昔話が始まる。祖母との旅行の話だ。
普通に聞いていて面白い。だが、祖父には申し訳ないが、何回も同じ話で少々飽きる。

終着の三原に着くと、すぐに僕の大好きな115系がくることが分かった。祖父は全く興味を示さない。
115系は、なんとなくだけど昔の匂い、音、色がしていて、古いもの好きな僕は、初めて見た時一目惚れした。
すぐに彼はやってきて、止まると同時にため息のようなバッシャーンという音が出た。

いつ見てもかっこいい重厚なデザイン
横顔もいい


もっと寄って色々確かめたいのだが、あいにく呉線が出る時間が迫っている。反対側の乗り場から彼を激励して、早足になって乗り込んだ。少しばかり呉線に乗って宿に向かう。山陽線よりも遅いスピードで海岸沿いの崖っぷちを進む。
落っこちそうだ。やっと着くと、なんとも言えぬ幸福感が体から滲み出た。
時はまだ17時前、西の日の入りはまだまだだ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集