感覚では、幹部は動かせなかった。数字にして初めて、話ができた
「感覚でわかっていた。でも数字にしないと、動けなかった」
自社に特別損失があることは、知っていた。詐欺的な未回収と、品質クレームによる値引き。どちらも、頭の中に数字があった。経営者が、それを知らないはずがない。
でも「わかっている」と「動ける」の間には、溝がある。
感覚だけでは、人は動かせない
「なんとなく販管費が重い気がする」では、幹部は何を変えればいいかわからない。「この費目が、年間でこの金額かかっている。だから来期はここを削る」という形にして初めて、話ができる。
数字を出すことは、自分のためじゃなくチームを動かすためだ。
データを並べる
日繰り表を解読し、機械的に集計させた。発生主義の会計とは少しズレるが、現金が出ていった事実そのものを確実に並べたかった。
詳細な数字はあえて伏せるが「特別損失」が、最終赤字の主因だった。詐欺的な未回収と、前期の大型案件のクレーム値引き。頭の中にあった二つの数字が、画面の上で確定した。
「思った通りだ」という確認
費目別に並んだ数字を見て、最初に思ったのは「思った通りだ」だった。
人件費系で約6割。販管費は"人"で決まる。固定費は安定し、大きな無駄は見当たらない。サプライズはなかった。だがそれが良かった。
「自分の感覚が正しかった」という確認は、次に動くための自信になる。逆に、大きく外れていたら、自分の経営センサーを疑わなければならない。
数字を出すことは、自分を試すことでもある。
忖度しないAIを、育てる
最近「AIが自分のことをわかってくれるようになった」という話をよく聞く。でも、自分がやっていることは、目的が逆だ。
自分はObsidianというツールに、日々の思考と判断を積み上げている。経営上の発言、課題に対する考え方、意思決定の根拠、そういうものを言語化して蓄積していく「第二の脳」だ。
その中で動くAIは、自分のことをよく知っている。だから忖度しない。
「あなたの言う通りです」とは言わない。間違っていれば指摘してくる。見落としている角度から問いを立ててくる。
今回もそうだった。赤字の数字を前に縮こまっていた自分に、AIはこう問い返してきた。「それは、構造の赤字ですか。それとも特定要因の傷ですか。」本業の損益はプラスだった。特損を戻せば、実質トントンを超える。垂れ流しの赤字ではない。本業は回り、特定の傷で叩かれただけだ。
そう、数字が言い返してきた。
なぜそうなるか。自分がそう教育しているからだ。
自分の機嫌を損ねないように動くAIは、経営では使えない。
過去を裁く数字から、未来を操縦する数字へ
傷の正体はわかった。次は、傷をリアルタイムで見えるようにする番だ。
一度きりの分析で終われば、また感覚に戻る。だから、週次で資金を追う仕組みに着手した。日繰りを毎週たたみ込み、月次の資金繰り表につなぐ。過去を裁く数字から、未来を操縦する数字へ。
受けた傷には、もう名前がついている。詐欺的未回収には与信管理を。低粗利には案件選別と原価管理を。クレームには品質管理を。一つひとつ、レバーに変えていく。
ツールは、使う人間の質を超えない。
DW
*次回は、評価制度を一から作った話。来月、社内で発表する。*
