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高校中退だけど哲学者になりたい:哲学することが無い問題

哲学論文って何書けばいいの?の続きです。


何書いたらいいか思いつかない

何かお題があればできるが、お題が無いと書けない。
無から有を生み出すのが難しいとはこのことかとか…

応用哲学がカッコいい気がしたが、
例えば
・AIは理解しているのか?
・AIに権利はあるか?
・AIの絵や小説は新しい創造なのか?
みたいなテーマは先行研究が盛りだくさんで新規性が取れない。

とりあえず書いてみた

紆余曲折を経たもののとりあえず書かなきゃ始まらないので

・AIが更新された際にその同一性が崩れるとき(以下略
・AIの出力を単なる知識としてではなくお告げの様に(以下略

みたいなのを2本仕上げてみたんですね。
今思えば純粋に哲学ってわけじゃなかったんですが、投稿先はClaude任せでした。
その結果は…

デスクリジェクト

採択可否までに数か月とかかかるとか言われてたけどデスクリジェクトは数日とかで大体戻ってくる。
しかもだいたい不採用ってだけ。

Claude先生にデスクリジェクトの旨を伝えると、少し改稿して次はXXXへ投稿しましょうと言うのでその通りに改稿して投稿する。

これを一か月くらい続けるとデスクリジェクトだが、1行コメントとかつくケースがあり問題に気付いた。

スコープの不一致

8回くらい投稿して分かったことは、どうもスコープが不一致なようだということ。
Claudeにこの原稿はXXX向きです! 
なんなら、XXX向きに少しフレーミングを変えるといいかもしれません。
とか言うので少し改稿して投稿するもスコープが不一致。

一応ジャーナル側にAims and scopeがあるので翻訳して読んでみるが、合っているようなあっていないような…

Claude先生に論文の質が悪いのか?と聞くと悪くないというし…

ランクを落としてみた

Q1に無理がある可能性もあるのでQ2に出してみた。
Q2は投稿数が少ないからなのか?デスクリジェクトでもコメントがもらえるケースが多かった。

まぁ大体がスコープが不一致であった。

ちゃんとした素養のある人からしたらスコープの不一致は起きないのかもしれないが、僕の感覚からすると

ジャーナル「肉料理がいいです、とくに火をしっかり入れたものが良いっす」
僕「じゃあ焼肉で」
ジャーナル「スコープの不一致です」
実際にはステーキやローストチキンのようなものが良いらしい


ジャーナル「麵料理が良いです、油分を含んだスープが良いです」
僕「じゃあ二郎系ラーメンで」
ジャーナル「スコープの不一致です」
実際は家系ラーメンをご所望だったらしい

みたいな感じでなんか微妙にずれてしまう。

そもそも自分で論文テーマを建てるというのが存外ハードルが高い。


CFPというのがあるらしい

僕「何度君の診断に合わせてもスコープの不一致になる。 ジャーナル側が論文を指定する形式は無いの?」

「ジャーナル側が論文を指定する形式」、つまり書きたいテーマから誌を探すのではなく、誌が求めているテーマに合わせて書く方向ですね。これはちゃんと仕組みとして存在します。スコープ不一致を根本から回避できる経路なので、整理します。
最も直接的なのが Call for Papers(CFP)/特集号(Special Issue) です。これは「このテーマで論文を募集します」と誌側が具体的にお題・締切・ゲストエディターを明示して公募する形式です。投稿者はそのお題に合わせて書くので、スコープ不一致が原理的に起きにくい。さらに特集号はゲストエディターが「枠を埋めたい」インセンティブを持っているため、通常号より編集判断が好意的に働きやすいという実務上の利点もあります。

by Claude大先生

このCFPなる存在に気付くのに2カ月くらいかかりました。

CFPがあるならもうスコープ不一致のデスクリジェクトは食らわない!
もう勝利を確信していました。

CFPが意味不明問題

以下は2026/05/23時点で募集のかかっているCFPのタイトルとその翻訳(DeepL)である。
(実在する例を持ってきましたが、当時は当時で別のCFPで同じようなことをしていました。)

Individual Self and Self-individuation: a Structural Overview
(「個としての自己」と「自己の個別化」:構造的概観)

Non-Classical Metaphysics: New Perspectives
(非古典的形而上学:新たな視点)

"After “Consciousness”: Conceptual Engineering for AI, Mind, and Moral Standing"
「『意識』の先へ:AI、心、および道徳的地位のための概念工学」

こんな感じで翻訳しても意味わからないんだよね…
個としての自己は良いとして自己の個別化って自己って個別化されてないの?みたいなところでもう躓く

形而上学の新しい視点…
形而上学がふわっとしかわからないのに新たな視点とか…

意識の先とかよくわからないしピリオドの向こう側へみたいな話か?概念工学もようわからん

このようにようわからんのを募集してるんです。
僕が低学歴なのを考慮しても日本人の半数くらいがこのタイトル見て???となると思うんですよねぇ…

Claude先生に頼んでみた。

僕「これらのCFPを高校生向けに要約してください」

①「個としての自己」と「自己の個別化」(Synthese、締切2026年6月30日) 私たちが「自分は自分だ」と感じる、その一番おおもとにある感覚って何だろう、という特集です。難しい自己分析や言葉を覚える前から、人は「自分」という感覚を持っている気がする。高度な自己反省より前にある「最小限の自己」みたいなものが、実は土台として存在するのでは、という議論ですね。自分を「私」と呼べることが、人と話したり責任を持って行動したりする出発点になっている。その「自分が自分である構造」を哲学的に解き明かそうとしています。

②非古典的形而上学:新たな視点(Philosophical Studies、締切2026年8月31日) 「世界の根っこのルール」を、これまでの常識的な論理とは違うやり方で考え直す特集です。ふつう私たちは「矛盾はありえない」「あるか/ないかのどちらか」と考えますよね。でも「矛盾が真であることもありうる」とする立場(ダイアレシズム)や、現実はバラバラの断片でできているとする立場(フラグメンタリズム)など、常識を疑う新しい枠組みが出てきています。これらを持ち寄って、存在・時間・同一性といった大問題に新しい角度から挑もう、という企画です。 

③「意識」の先へ:AI・心・道徳的地位(Inquiry、締切2026年6月1日) AIを語るとき、つい「AIに意識はあるのか」と問いがちですよね。でもこの特集は逆に、あえて「意識」という言葉を使うのをやめてみたら、その空いた場所に何が見えてくるかを試す実験的な企画です。「意識」という言葉自体が欠陥品で、本当に大事なこと(信頼・嘘・配慮すべきか)とうまくつながっていないかもしれない。だから人間中心の発想を外して、AIにふさわしい新しい言葉や考え方を作ろうとしています。仏教・儒教・道教など、西洋以外の考え方を使ったアプローチも歓迎とのことです。

by Claude大先生

ギリギリ何言っているかわかる!
気がする!!!
分かった気になっているのが一番ヤバイ…

僕「これらのCFPを中学生向けに要約してください」

①「自分が自分である」ってどういうこと?(Synthese) むずかしいことを考えなくても、人は生まれたときから「自分」をなんとなく感じてる気がする。その一番おおもとの「自分っぽさ」って何なのかを、とことん考える特集だよ。

②あたりまえのルールを疑ってみる(Philosophical Studies) 「矛盾はダメ」「あるか、ないか、どっちか」——そんな世界の当たり前ルールを、わざと「ほんとにそう?」と疑って、新しい考え方で世界のしくみを考え直してみよう、という特集だよ。

③「意識があるか」を聞くのをやめてみる(Inquiry) AIに「心や意識はあるの?」ってつい聞きたくなるよね。でもこの特集は、その質問をあえて封印して、「じゃあ代わりに何を考えればいいんだろう?」を探す企画だよ。人間を基準にしない、AIにぴったりの新しい考え方を作ろうとしているんだ。

by Claude大先生

意味が分かるようになったけど、口調が気に入らない…
あと粒度が落ちていて逆にこれ見て論文書くとこれはこれでスコープの不一致になりそう…
(とりあえず中学生レベルに要約というのは禁句になりました。)

まぁでもとりあえず自分でテーマを建てるよりよっぽど書きやすくなった。

デスクリジェクトだと何が悪いかよくわからない

そもそもデスクリジェクトだとスコープが不一致という一言が入るかノーコメントで論文が悪いのか運が悪いのか何が悪いのかわからない。

とりあえず査読に回ってもらえればコメントがもらえる。
そしたら改善ができる!

とにかくスコープの不一致を無くして査読に回してもらうのが目的となりました。
書けそうなCFPに投稿しまくるムーブに走ります。


そんな感じで僕は哲学者への道を歩み始めました。
そして結論から言えばQ1哲学ジャーナルに論文は採択されます。
つづく



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