謝罪という言葉の行き先 辺野古転覆事故・第19稿
5月17日、那覇市内の演説会で田村智子委員長が「私からも心からおわび」と語った。事故から62日が経っていた。
「重大な誤り」と書かれた日
田村氏は演説でこう発した。「修学旅行の高校生を船に乗せたこと自体が重大な誤りであり、ヘリ基地反対協議会の構成団体である日本共産党として、私からも心からおわびを申し上げる」(産経新聞 2026年5月17日)。
ここまで踏み込んだのは初めてだ。4月2日の会見では「哀悼の意」と「お見舞い」までだった。船長の身元については「捜査中であり、この場で述べることは適切ではない」と回答を避けていた。それから45日が経ち、「重大な誤り」という言葉が出た。
演説後、記者団に対しては「(抗議団体側が)直接の謝罪がまだできていないということも対応に適切さを欠いている。二重におわびしなければならない」と語った。
ようやく謝罪の言葉が並んだ。ただし、その場所は記者会見ではなかった。遺族の前でもなかった。
演説会という場所
産経新聞は5月17日付で、この集会の名称を「県知事選挙・いっせい地方選挙 必勝 日本共産党演説会」と報じている。
9月13日投開票の沖縄県知事選に3選を目指す玉城デニー知事も出席し、米軍普天間飛行場の辺野古移設について「断念し、県外、国外への移設および早期閉鎖返還についてあらゆる機会を通じて積極的に訴えていく」と声を張り上げた(産経新聞 同日)。統一地方選の立候補予定者も、自身の名前が書かれたたすきをかけて登壇し、決意表明を述べたと報じられている。
田村委員長のおわびは、その流れの中で発せられた。
開会のあいさつは、今年2月8日投開票の衆院選で沖縄1区から出馬し落選した赤嶺政賢前衆院議員が務めた。沖縄1区は共産党にとって衆院唯一の小選挙区議席だったが、自民の国場幸之助氏に敗れた(日本経済新聞 2026年2月8日)。赤嶺氏は開会のあいさつでこう発言している。「尊い命が失われているにもかかわらず、インターネットや右派系のメディア・月刊誌では、ありもしないさまざまな攻撃が拡散され、見過ごすことはできない状況になっている」(産経新聞 同日)。
赤嶺氏が指す「攻撃」が何を指すかは、演説の文脈からは明示されていない。協議会や共産党への批判言説か、遺族や事故そのものをめぐる中傷情報か、識別はできない。ただ、この発言が田村委員長のおわびと同じ会場で発せられたことは事実だ。
ここから先は
よろしければ応援お願いします!チップはnote更新用のPC購入費用に当てる予定です。よろしく!
