「味噌汁で血圧は上がらない」研究を誰が後押ししているのか
味噌メーカーの専務が、Xにこう投稿した。
「味噌の出荷を抑制しているのは減塩。共立女子大学・上原教授の研究を広めます」。
動機が明快すぎる。これはビジネスの発信であって、科学的な情報提供ではない。
塩分の数字を押さえる
味噌汁1杯の塩分は1.2〜2.0g。日本高血圧学会が高血圧患者に推奨する1日の上限は6g未満なので、1杯で上限の20〜25%を占める計算になる。
国民健康・栄養調査によれば、日本人の平均食塩摂取量は成人男性で約10g、女性で約8g。推奨値の6gとの差は、すでに食生活全体で生じている。味噌汁だけが問題なのではなく、出発点がすでに高い。
朝夜と2杯飲めば、それだけで約2.4〜3.0g。漬物を添えれば、たくあん3切れで1.3g、梅干し1個で約2g。ここに醤油や加工食品が加わると、あっという間に上限を超える。
研究の構造を読む
横断研究でわかること・わからないこと
拡散されている研究のうち、102名を対象にした調査と527名の健康診断受診者を対象にした研究は、どちらも横断研究だ。ある一時点で集団を観察し、「味噌汁をよく飲む人」と「血圧の数値」の相関を見ている。
この設計では、因果の向きがわからない。血圧が高い人がすでに味噌汁を控えていた可能性もある。また、運動習慣や他の食事内容が影響していても、それを取り除いて評価するのは難しい。「飲んだから血圧が上がらなかった」とは言えない。
介入試験の限界
2019年の研究は38名を対象にしたランダム化比較試験で、8週間にわたって味噌を摂取させた。日中の血圧に変化はなく、夜間の血圧プロファイルで統計的有意差が出たとされている。
対象はそれぞれ19人ずつ。効果量は限定的で、日中の血圧には差がなかった。重症の高血圧患者や、食塩感受性が高い人は対象外だ。
食塩感受性には個人差がある。同じ量の塩分を摂っても、血圧への影響は人によって大きく異なる。遺伝的要因や腎機能、年齢によって左右されるため、「自分は大丈夫」という判断を研究の平均値から引き出すのは難しい。
資金源を確認する
上原教授への研究費は、中央味噌研究所からの助成による。この助成は少なくとも2010年・2012年・2013年と連続している。102名の研究はその成果だ。
2013年のプレスリリースは「みそ健康づくり委員会」から出ている。全国813企業が加盟する味噌業界のPR組織である。
2019年の介入試験で使われた味噌は、マルコメが特別製造した高ACE阻害活性の味噌。論文の資金欄には「Marukome Co., Ltd.」の名が明記され、共著者にはマルコメ社員が3名入っている。
そして、その論文の利益相反欄には「利益相反なし」と記載されている。
味噌メーカーが資金を出し、味噌メーカーの社員が共著に入り、味噌メーカー製造の味噌を使った研究で「血圧に影響しない」と結論づけ、利益相反なしと宣言する。
医薬品の臨床試験であれば、到底通らない開示の仕方だ。食品研究ではこの程度がまかり通っている。
これは味噌業界に限った話ではない。砂糖と肥満の関係を否定する研究では製糖業界の資金が、アルコールと心疾患のリスク軽減を示す研究ではアルコール業界の資金が入っていた事例が、国内外で繰り返し報告されている。業界が資金を出し、都合のよい結果が生まれ、PRに使われる。この構造はパターンとして認識しておく価値がある。
ACEペプチドについて
「味噌の発酵過程で生じるペプチドが血圧上昇を抑制する」という話が、根拠として引用されることがある。発酵によってACE阻害活性を持つペプチドが生じること自体は、複数の基礎研究で確認されている。
ただ、試験管やラットで確認された効果が、そのままヒトに当てはまるとは限らない。消化管でペプチドが分解され、血中に十分な濃度で届くかどうか(バイオアベイラビリティの問題)は、ヒトでの検証がまだ十分でない。基礎研究の段階で「血圧を下げる」と断言するのは、現時点では飛躍がある。
情報の流れ
味噌業界の研究機関が資金を出す。研究者が「血圧に影響しない」と発表する。業界のPR組織がプレスリリースを出す。メディアが報道する。味噌メーカーの経営者がSNSで拡散する。
河崎氏の投稿はこの流れの末端にある。
結局、どう判断するか
味噌汁を全面禁止にする必要はない。たんぱく質やミネラルを含み、日本の食文化として根付いたものだ。
塩分管理の指導を受けている人は、主治医の判断を優先してほしい。
「この研究があるから大丈夫」より先に、「この研究は誰のお金で行われたのか」を見る。それだけで、情報の読み方はかなり変わる。
血圧については以前の記事も参考にどうぞ。
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