誰か、分からなかった〜辺野古事故・引率教員と身元確認〜 辺野古転覆事故・第38稿
事故から百十日あまり。産経新聞が、また一つの独自を報じた。
引率の女性教師は、事故のあと、知華さんを乗せた救急車に同乗していた。午前十一時半過ぎのことだ。だが、身元の確認ができなかった。運ばれている生徒の顔を、知らなかったからだという。保護者への連絡も、遅れた。
遺族は、ずさんすぎる、と語った。
空白の系譜
この連載で、僕は同じ形の空白を、何度か書いてきた。
第35稿。救助されたあと、海上保安庁の職員に足りない人はいないかと問われ、生徒たちは自分たちで集まって人数を数えた。乗船者を分けた名簿が見当たらず、確認に時間がかかった。一人足りないと気づいて伝えたのは、生徒だった。
第37稿。遺族は問うた。引率教員は当日、どんな海か、どのルートか、予定時刻も把握していなかった、と。
そして今回。救急車に同乗した唯一の学校側の大人が、運ばれている生徒が誰なのか、分からなかった。
名簿がない。予定を知らない。顔を知らない。点呼を取る姿は、防犯カメラにも写っていなかった。空白は、それぞれ別の場面で報じられてきたが、並べてみると一つの形をしている。送り出した側が、送り出した生徒たちを、識別できていなかった。誰が、どの船に、乗っていたのか。誰が、いま、目の前にいるのか。
この形を、遺族は先に言い当てていた。六月末のテレビの取材に、母親はこう述べている。引率の先生は名簿と顔が一致しているのかなど、親が最大限に関与せねば子供の安全が守れないのが現状だ、と。七月の報道より前に、遺族はすでに、名簿と顔という言葉で、この空白を指していた。
学校は産経の取材に、引率した女性教師は知華さんを担当したことはない、と説明している。母親は、こう返した。バスに乗る前、船に乗る前に点呼していれば、顔と名前ぐらい、担当していなくても一致するはずだ、と。担当かどうかの話ではない。点呼という、識別のいちばん基本の動作があったかどうかの話だ——母親の言葉は、そこを外していない。学校は、引率体制に安全管理上の問題があったと考えており、特別調査委員会の調査結果を踏まえ必要な見直しを実施する、ともコメントした。
数えたのは、生徒たちだった。
音声が残っていた
産経はもう一本、同じ日に報じた。六月十九日に学校が開いた、生徒向け説明会の音声を入手した、という。
説明会は、事故が起きた研修旅行に参加した三年生を対象に、質疑応答の場として開かれた。校長は冒頭に陳謝し、説明会がこの時期まで遅れた理由をこう釈明した。調べなければならないことが予想以上に出てきて、新しい事実との整合性を取るのが難しくなった、と。
音声から、二つのことが記事になった。一つ。引率した教員のうち一人は、乗る船が抗議船だと知っていたようだ、と校長が明かした。学校側も産経の取材に認めている。校長は同時に、こうも述べた。多くの先生方は抗議をしに行くとは思っておらず、辺野古を見学するための船という認識だった、と。もう一つ。現地の下見を一度も実施していなかったことについて、安全管理の面で学校に明らかにミスがあり、十分な配慮ができていなかった、と認めた。
第32稿で書いたしおりには、抗議船とは書かれていなかった。選んだ生徒も、送り出した保護者も、知らされていなかった。今回の音声は、その紙の反対側を照らしている。書かれなかった側の、少なくとも一人は、知っていた。
明らかにミスがあった、という言葉は、校長の口から出た。ただしそれは、記者会見でも、保護者への文書でもなく、生徒向け説明会の中でだった。その場の音声が残り、報道機関に渡り、記事になった。第32稿からずっと追ってきた、記録が器を移していく流れが、ここでも起きている。生徒の耳にだけ届くはずだった言葉が、器を移して、外へ出た。
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