犬の名前の二匹のコイン 〜発行しない男が値段を動かす〜 仮想通貨とは第8稿
前回と同じ断り書きを最初に。僕はこの連載で名指しする銘柄のいくつかを少額保有していて、今回の二匹はどちらも僕の口座にいます。どちらを、どんな動機で買ったのかは、次回に白状します。保有は推奨ではなく、記述は売買の助言ではありません。
前回は、名前の主が拒んだコインと、担いだコインを並べました。今回は第三の型です。発行していないのに、一言で値段を動かす男。そして、その男の犬の名前を借りた二匹のコイン。物語を握る人と、発行する人が、別々の場所にいると何が起きるか。
冗談から生まれた
ドージコインは2013年、二人のエンジニアが冗談で作りました。当時流行していた柴犬のミーム画像を貼り付けた、暗号資産のパロディです。作者たちはやがて手放して去り、真面目な設計思想もなく、発行上限すらありません。毎年決まった量が新しく刷られ続ける、希少性の逆を行く造りです。
第5回の四本柱に当てはめると、奇妙な位置にいます。作者は去ったので、出口を握る胴元はいない。ビットコインと同じ、胴元不在の型です。ところが供給は無限で、希少性の設計もない。裏付けもない。実需もない。胴元不在の骨格に、値段を支える柱が一本も立っていない。
それなのに、この冗談は一時、時価総額で世界の上位に食い込みました。柱の代わりに何が支えていたのか。柱ではなく、外から吹く風でした。
発行しない男
風の名は、イーロン・マスクです。
時系列で並べます。2020年7月、マスク氏が「それは避けられない」と柴犬の画像付きで投稿し、ドージは14%上がりました。同年12月20日、「一言。ドージ」という五文字の投稿で約20%。翌2021年2月4日、「ドージは民衆の暗号通貨だ」と連投した夜に50%超。4月には名画をもじった「月に吠えるドージ」の一枚で史上最高値を更新します。
言葉が短いほど、よく効いているのが分かるでしょうか。分析も約束も何もない、犬の名前を呟くだけの投稿が、数千億円規模の時価総額を一晩で動かす。第2回の言い方をすれば、この人は物語の供給者です。しかも発行者ではないので、コインを一枚も刷らずに、物語だけを外から注ぎ込める。
頂点は2021年5月8日でした。マスク氏が米国の人気テレビ番組に「ドージファーザー」として出演する。物語の最大瞬間風速です。価格は放送前に0.7ドル台まで駆け上がり、そして放送をまたいで3割超も暴落しました。物語が最高潮に達した瞬間が、天井でした。噂で買って事実で売る、という相場の古い格言を、犬のコインが教科書どおりに再演したのです。
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