辺野古転覆事故 前に進む、とはどういうことか
四十九日が終わった。ご遺族は少し穏やかに過ごしたいと書いた。その翌日、長女が初めてnoteを書いた。
姉が書いたこと
5月2日、四十九日の前日に公開された長女の記事には、知華さんとの日常が記されていた。
毎日のようにBeRealでタグ付けを頼み合い、深夜に髪色とセルフネイルを「これどう思う?」「こっちがいいよ」と互いに決め合い、朝5時まで話し続けた。沖縄へ出発した日、「びーり頂戴!」というBeRealのタグ付け依頼が、知華さんから届いた最後のやり取りだった。
1月、長女が悩みを抱えていた時期に知華さんが母と一緒に部屋まで来て、メモ用紙に手紙を置いていった。
「知華は(姉)と一緒に花道だけを歩きたいよ。大好きだよ。たった一人の妹より」
お互いの結婚式でお色直しの時に一緒に歩く約束をしていた。知華さんの20歳の誕生日をホテルでバルーンで盛大に祝う約束もしていた。
記事の末尾に、長女はこう書いた。
「沖縄のテレビや新聞では、ほとんどこの事故の報道は無いと聞いています。もしかすると、知華は抗議活動に参加していたと、まだ思われているかもしれません」
四十九日を過ぎても、誤情報は訂正されていない。長女はそれを知った上で、書いた。
5月7日に始まったこと
3月17日、オール沖縄会議は「22日まで全面自粛」を発表した。翌18日には喪章を着用して座り込みを再開した。3月31日付の内部通達には「5月7日(木)からは従来通りに戻します」と日付が明記されていた。「自粛」という言葉が、どれほどの意味を持っていたかが、この経緯に表れている。
オール沖縄会議の公式サイトに、こう掲載された。
「5月7日以降、民意に反して続けられている新基地建設に対して、哀悼の意を示しながら、陸上において従前の抗議活動を再開します」
四十九日の4日後、活動は「従来通り」に戻った。
捜査は継続中だ。ご遺族への直接謝罪はまだ行われていない。
知事が語ったこと
4月13日の定例会見で、玉城デニー知事はこう述べた。「間違った情報が広く回るということはあってはならない。正しい情報を公表していけるよう努めたい」と。
4月21日、事故から36日後に初めて現場近くの名護市瀬嵩の海浜を訪れ献花した。「県行政の長として、さらなる安全体制を関係機関と連携しなければならないと、決意を新たにした」と語った。
一方で3月19日の県議会では、県観光振興課の担当者が「生徒が船に乗って海上視察を行う平和学習の実態を把握していなかった」「もし事前に把握していたら推奨していない」と答弁している。「抗議活動については把握する根拠となる法令がないため実態を把握することが難しい」とも。
3月27日には「抗議船というくくりで安全性に問題があるということではない」と語っていた。2024年6月にも同じ辺野古で抗議活動中に警備員が死亡する事故が起きていた。その際も知事側は防衛省の対応を批判し、「把握できていなかった」という構図は今回と重なる。
おわびが答えなかったこと
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