卵とLDLコレステロール 〜話題の論文に足りない視点〜
前回、LDL-Cの管理目標が健診の基準値と大きく離れている話を書きました。健診の上限139。ガイドラインの目標55。その差84。
その直後、SNSで「卵を食べてもコレステロールはむしろ改善する」という論文が回ってきました。読んでみました。
論文の概要
Kishimoto & Sugihara, The Journal of Poultry Science, 2026年1月。摂南大学と神奈川県立保健福祉大学の研究者による総説です。新しい実験ではなく、既存の研究をまとめたレビュー。
28のランダム化比較試験をまとめたメタ解析で、卵摂取によりLDL-Cは +5.55 mg/dL上昇。HDL-Cも +2.13 mg/dL上昇。LDL-C/HDL-C比には有意な変化なし。
日本人に1日1個の卵を4週間追加した介入試験では、酸化LDL(MDA-LDL)が低下し、ルテインやゼアキサンチンの血中濃度が上昇。
冠動脈造影を受けた日本人795名の横断研究で、卵の摂取量と冠動脈疾患の有病率に有意な関連なし。脂質低下薬を飲んでいない504名のサブグループでは、週3〜4個の群で多枝病変が少なかった(OR 0.56)。
50カ国177,000人の国際コホートでも、卵摂取と主要心血管イベントに有意な関連は認められなかった。
結論は「卵を適度に食べても心血管リスクは上がらない。一部の集団ではむしろ保護的かもしれない」。
気持ちのいい結論です。
指標がずれている
この論文は「LDL-C/HDL-C比が変わらないから問題ない」と論じています。悪玉が上がっても善玉も上がるからバランスは保たれている、と。
2025年に改訂された各国のガイドラインが管理目標にしているのは、LDL-Cの絶対値です。
ACC/AHAは70未満。ESC/EASは超高リスクで55未満、最高リスクで40未満。日本動脈硬化学会も急性冠症候群後は55未満。どのガイドラインも「LDL-C/HDL-C比を何以下に」とは言っていません。LDL-Cそのものをいくつまで下げるか、と言っている。
LDL-Cは、メンデルランダム化研究で動脈硬化性疾患との因果関係が確立された数少ない指標です。遺伝的にLDL-Cが低い人は冠動脈疾患のリスクが明確に低く、若い時期から長期間低いほどその恩恵は大きい(Ference et al., JACC 2012)。前回の記事で触れた “Lower for Longer” です。
論文が「改善」の根拠にしている酸化LDL(MDA-LDL)は、研究上のサロゲートマーカーです。動脈硬化のメカニズムを考える上では面白い。でもLDL-Cのように、心筋梗塞や脳梗塞の発症そのものとの因果が確立された指標ではない。
論文自身が「LDL-Cは +5.55 mg/dL上がる」と認めている。 その上で「MDA-LDLが下がったから改善」としている。エビデンスの重みが違います。
目標55の時代に +5.55を「わずか」と呼べるか。単体では小さな数字です。でも前回書いた通り、LDL-Cは「濃度×時間」で効いてくる。+5.55が30年続いたら。そういう時間軸はこの論文にはありません。
横断研究の限界
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