4人目の子ども
我が家の“4人目の子ども”──45歳長々男と、母の日対象外の母
我が家には4人の子どもがいる。息子が1人、娘が2人、そして――最も扱いにくい”4人目の子ども”がもう1人。年齢は45歳、我が家の最年長だ。察しのいい方なら、もうお気づきだろう。
この“4人目の子ども”は家計を支える稼ぎ頭。朝のマラソンから夜9時過ぎの帰宅まで、毎日フル稼働。立派だ。でも、家の中のことには一切タッチしない。買い物もしなければ、弁当も作らない。掃除機の音には驚くほど無関心。兄妹たちの通院や習い事の予定も、完全に別世界の話だ。言われてやるのは、新入社員でも最初の2か月で卒業のはず。あとは自分で動けないと叱られる。でも彼はあの立場になってすでに干支が一回り済んでいる。
私自身も、キャリアウーマン。会社でも家庭でも求められることは多く、毎日が戦場。なんなら職場だけじゃなく保育所、小学校、中学校の先生や同級生たちを相手に人間関係にも労力を注いでいる。そんな中、家の中で“何もしない”大人が、悠々とピアノを弾いている姿を見ると、自分は何かの修行をしている気になってくる。
文句を言うと、大抵はすねる。こちらの堪忍袋の緒が切れた次の日だけは、張り切って家事に”手を出す”。(すでにまとまった後で)ゴミを玄関の外へ出す、(色物、おしゃれ着などの分別と洗濯が終わった)洗濯物を干す、など。でも、その努力は最大24時間で魔法のように消え失せる。まるで(家族に特典がない)「一日限定キャンペーン」だ。そうしてまた次の日には、私の言葉は全て記憶の彼方へ。はりきって早朝マラソン再開だ。
休日は、トイレ以外はピアノ。ひたすらピアノ。趣味に熱中する姿はまるで少年だが、それを支えている妻の労力には、まるで気づいていない様子。自然災害はどこにも起きて欲しくないが、ここだけの話、もし起きたら我が家のピアノだけが損壊したらいいと思っている。
私は仕事も家事も育児も、3足どころか5足くらいのわらじを履いて毎日を回している。まるでムカデ。それなのに、なぜ彼だけ一度きりのお手伝いで親として、保護者として、免責されているのか。せめて、料理教室にでも参加してくれたら、どれほど救われるだろう。
他の3人の子どもたちは、褒めなくても、感謝されなくても、心から愛せる。でも、残念ながらこの“最年長の子ども”だけは、もう、どう愛せばいいのか分からない。愛する努力すら、むなしく感じてしまう日がある。ちなみに、今年の母の日の出来事は忘れられない。正直ちょっと最年長に期待していた。せめて一輪の花でも、感謝の手紙でも…と。けれど
「だって君は“僕のお母さん”じゃないじゃん?」
時が止まった。見事な論破。論理的に正解。でも、感情的に完全アウト。
私は誰の母なのか。子どもたち3人、いや、もう1人の“大人になれない人”の分も含めての母親業がノンストップ。だからこの日だけは、「ありがとう」のひと言があっても、誰も損はしない。むしろ、その一言が、1年間のしんどさを救ってくれることすらあるのに。
だから声を大にして言いたい。
日本全国の「夫」の皆さん、母の日は「妻の日」だと思ってください。どうかその日だけでも、「ありがとう」「助かってるよ」の一言を。たったそれだけで、私たちは笑顔になれるんです。
