「怖かったんだと思う」
三月の夜は、
少しだけ中途半端だった。
冬ほど寒くないのに、
まだ春とも言い切れない。
駅の前には、
スーツの人が多かった。
みんな、
少し酔ってる。
笑ってる人もいる。
大きい声を出してる人もいる。
でも、
時々ふっと、
疲れた顔に戻っていた。
『異動』
『昇進』
『送別会』
店の前の貼り紙が、
風で少し揺れていた。
私はコンビニのコーヒーを持ったまま、
しばらく人の流れを見ていた。
なんか、
昔から変わらないな。
あの頃も、
大きな宴がよく開かれてた。
広い部屋。
並んだ料理。
静かな音楽。
みんな、
ちゃんと笑ってた。
でも、
少しだけ空気が硬かった。
あの人、
昔はもっと笑ってたんだけどね。
最初は、
偉くなると変わるんだと思ってた。
でも、
たぶん少し違った。

駅の階段で、
若い人が頭を下げていた。
年上の人が、
少し困った顔で笑ってる。
「また飲もうな」
って、何回も言ってた。
昔と違う服を着て、
違う道具を持ってるのに。
時々、
同じ顔をしてる。
コーヒーの湯気が、
夜の空気に少し溶けた。
怖かったんだと思う。
(5002年 3月31日)
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