階級を構成する「オーラ」としての文化資本:ブルデューの「隠蔽」戦略と「オタク資本」の変換可能性(その3)
5.舞台ファンの「お当番さん」
現代的な例も検討してみます。舞台芸術の熱心なファン(「おっかけ」ファン)の間で生じる階層化と、その上位層による秩序形成の現象は、このエッセイで論じた「文化資本の隠蔽戦略」と「露呈された威信」の文脈に置くと、非常に興味深い分析対象となります。
この現象は、古典的な「隠蔽型」文化資本と現代的な「露呈型」資本の要素が複雑に絡み合った、ハイブリッドな階層形成として評価できます。
A. 露呈型資本としての「貢献資本」(貢ぎ資本)
ファン階層の基盤を形成するのは、まず露骨に測定可能で露呈される資本です。
経済的貢献の可視化(貢ぎ資本): 特定のスターへの差し入れ、ファンクラブ(私設ファンクラブを含む)への献身的な金銭的・時間的貢献、公演チケットの購入量、遠征費用などは、金額や行動量として定量化されやすい要素です。これは、現代の「貢ぎ資本」と同様に、愛情の深さや熱意の明確な証拠として機能し、ファンコミュニティ内のヒエラルキー(特に下位層からの威信)を形成します。
B. 隠蔽型資本としての「知のオーラ」と「振る舞いのハビトゥス」
しかし、ファン階層の上位層(古参、近親者的な地位を持つ者など)が秩序を形成する際に用いるのは、単なる金銭的貢献だけでなく、隠蔽された文化資本の側面を強く持ちます。
深い「知のオーラ」(ハビトゥス): 舞台劇団の歴史、スターの過去のエピソード、内部の不文律、特定のジェンヌの個性に対する「深い洞察力」や「洗練された理解」は、単なる知識量(オタク資本)を超え、「品格あるファン」としての身体化された審美眼として作用します。この「オーラ」は、どれだけ熱心に時間と情熱を費やしたかという努力を背景に持ちながらも、「生まれつきのセンスや教養」として誤認され、新参者には容易に真似できない威信となります。
「振る舞いの洗練」と秩序形成: 上位層が保持する秩序は、現在の制度下では厳しく制限されていますが、かつては劇場や出待ち/入り待ちが存在していたことがあり、そこでは、慣習や過去の知恵として「正しい作法」や「暗黙のルール」といった、洗練された振る舞い(ハビトゥス)が維持されていました。これは、ブルデューが指摘する、文化資本が「無意識的な振る舞いの様式」として階級差を再生産するメカニズムそのものです。
C. 具体例:「お当番さん」現象に見る資本の統合
かつてファンコミュニティに存在した「お当番さん」(出待ち・入り待ちで最前列に立ち、整列などの管理や各種のサポートを担ったファン)の現象は、このハイブリッドな階層構造を最も明確に示していました。
露呈型資本による選抜: 「お当番さん」の役割に選ばれる又はその差配をすることができるファンは、一般的に、長年の貢献(貢ぎ資本)やファン活動への時間的なコミットメント(オタク資本)が認められた、ファンクラブ内の中心人物でした。
隠蔽型資本による特権の正当化: しかし、彼らが最前列という象徴的な優位性(スターに最も近い場所)を占め、他のファンに指示を出す権威を持てたのは、単に金を出したからではなく、「劇団やスターの名誉を損なわない品格ある振る舞い」ができると認められた、ハビトゥス化された「作法の洗練」があったからです。 この「作法の優位性」が、最前列という「露呈された特権」を正当化する「隠蔽されたオーラ」として機能し、コミュニティ内の秩序を維持していました。
舞台芸術ファンにおける階層化は、「どれだけお金を使ったか/貢献したか」という露呈型資本を初期の参入障壁や中間層の競争原理としつつ、真の上位層による秩序形成は、「どれだけ品格ある振る舞いができるか」「どれだけ深い理解力と歴史的な知を身体化しているか」という隠蔽型文化資本によって正当化される、ハイブリッドな構造を持っていると評価できます。
この複雑な階層構造は、ファン活動という領域においても、資本の多角的な変換と、それが生み出す威信の「隠蔽」が、社会秩序を維持する上で決定的な役割を果たしていることを示唆しています。
