見出し画像

階級を構成する「オーラ」としての文化資本:ブルデューの「隠蔽」戦略と「オタク資本」の変換可能性(その4)

6.まとめ:現代の「オタク」「おっかけ」が「茶人」になる時
 ブルデューの文化資本がその力を発揮する要件は「隠蔽」であるのに対し、オタク資本や貢ぎ資本は「露呈」によってコミュニティ内の威信を築きます。しかし、「露呈型資本」が、分析力、審美眼、コミュニケーション能力といった形で「身体化」され、最終的に社会の上位で機能する「オーラ」へと昇華するとき、古典的な文化資本へと垂直的に変換される可能性が生じます。
 茶の湯の歴史が示すのは、特定のサブカルチャーやコミュニティで培われた「露呈型資本」(知識量、消費額)が、次のような二つのプロセスを通じて、広範な社会で通用する「隠蔽型文化資本」へと垂直的に変換されるということです。

  1. 「身体化」による抽象化と昇華: 特定の知識や技能が、分析力、審美眼、共感性といった普遍的な能力へと抽象化され、無意識的な「オーラ」としてのハビトゥスに組み込まれる。

  2. 「制度化」による正当化: その文化や技能が、学術、芸術、ビジネスといった社会の支配的な制度によって承認され、正当な価値として位置づけられる。

 現代において、オタク的コンテンツへの深いリサーチ能力が学術的な分析力に、身銭を切って実体験した「複雑な物語への鑑賞眼」(例えば、モルト・ウィスキーや葉巻の世界で、非常に高価なものを経験した物語に基づく評価)が洗練された審美眼に昇華するとき、それは「茶の湯」がたどった歴史を再現し、新しい階級的な「オーラ」としての文化資本へと変換されることになります。ブルデューの理論は、現代の消費文化においても、資本の流動性と階級再生産の新たな形態を鋭く捉える鍵を提供し続けていると言えるでしょう。
 そして、舞台芸術ファンの中の「お当番さん」のように、このメカニズムは、現代においても、その広がりの大小はともかく、社会の中で蠢動しているメカニズムとしてマウンティングの機能を果たしているということを理解するべきなのでしょう。

いいなと思ったら応援しよう!