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「そんなはずはない/そうなのかもしれない」


 書き損じた原稿用紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てる振りをしてみた。実際には一文字も書いていなかった。原稿用紙一枚分とはいえ、大変無駄なことをした。何でもいいから文字で埋めた方が良かったのではないか。とにかく原稿という形にして編集者に渡せば、駄目出しを何度されようとも、一歩ずつ原稿は完成に近づいていってくれたのではなかったか。新しい原稿用紙にとにかく文章を書き連ねようとして「書き損じた原稿用紙を丸めて」と書き始めてみた。今度は本当に丸めて投げた。ノックもなしに部屋に入ってきていた編集者の吉川の顔にぶつかった。

「なんですかこれは」吉川は原稿用紙を広げて、なんであるかをはっきりと確認した後、あらためてゴミ箱にそれを投げ入れた。私の書きかけの原稿の価値をまざまざと見せつけられた。
「書けない」締め切りは迫っていた。連載の終わりも近づいていた。それなのに筆が止まっていた。吉川とは何度も打ち合わせをして、終盤の構想も連載前から決まっていたはずなのに。中盤の展開を勢いで変えてしまったせいで、序盤との矛盾が出てきてしまった。今さら当初の構想通りの結末には向かえなくなった。
「ロケットランチャーを出すのをやめておけば」
「面白いからやりましょうと言ったじゃないか」
「本当にやるとは思わないじゃないですか」
「そのまま通すとも思わないじゃないか」
「編集長に大ウケしてしまったから仕方ないじゃないですか」
 大正文学浪漫を題材にした小説にロケットランチャーを出した私が悪いみたいな流れになっている。ドタバタギャグコメディばかり書いてきた私に浪漫小説の話など持ってくる方が悪い。

「今からじゃ間に合わないだろうから休載でいいじゃないか」
「印刷所を止めて待ってます」
「そんな大げさな話にしないでほしかった」
「文芸誌はうちの会社で一番売れているのですから、先生は曲がりなりにもその中のトップクラスの人気作家なんですから、仕方ありません」
「そうまで言われると照れる」
「嘘ですから照れてないで書いてください」

 少し傷つきつつも、とにかくロケットランチャーも恋愛に目覚める、という展開で話を進めることにした。
「こんな時に、『こういう展開で、私風の文体で、オチはこんな感じで』と指示したら小説を書いてくれる機械があればいいのに」
 ワープロという機械が登場し、原稿を書くのが数倍速くなる、と評判になっていた。タイプライターみたいなものらしい。その流れで、小説の内容そのものを高速で仕上げてくれるような機械が登場してくれないか、と思ったのだ。
「そんな機械が出来てしまったら、作家さんはみんな路頭に迷ってしまいますよ。作家さんに依頼しなくても、編集者が自分の理想通りの作品を自分で作れるようになるんですから」

「いやでも、発想は違うだろう。機械では人を感動させたり、笑わせたりなんてできないだろうさ」
「最初のうちはそうかもしれませんが、あっという間に学習して、人間なんて置いてけぼりにしてしまうんじゃないですかね。今登場しているロケットランチャーを男役にしますか、それともヒロインにしますか」
 そうか。語り手が担いでいるロケットランチャーそのものがヒロインだったという設定にすれば、自然と大正浪漫と結びつく。
「機械と人間ではスピードが違うかな」
「電力さえ与えておけば、休みなく学習、進化していくんじゃないですかね」
 マイコンとかいうのがあるのは知っている。ワープロが文字を打つだけの機械なら、マイコンは考える頭脳もついている機械らしい。吉川の言う通り、休みのない進化の果てに、作家不在で作られる文芸誌が出来上がる日もそう遠い未来ではないのかもしれない。そんなはずはない、と、そうかもしれない、という想いが交互に来る。

「先生の原稿が届き次第、印刷を始めます。それまでは印刷所で働く人たちを待機させておきます。彼らが家族と一緒にのんびりと過ごしたい時間や、恋人と仲睦まじく交わる時間を、先生は刻一刻と削り続けているわけです。マイコン進化論に振り回される前に、オフセット輪転印刷機を回させてください」
 吉川のかけてくるプレッシャーに耐えられなくなった私は、大正浪漫派作家たちによる恋愛小説に、現代から転生してきたロケットランチャーのヒロインが割り込む話を書き始めた。これでごく自然に大正とロケットランチャーが交わることができたわけだ。そこからの展開はもう、なるようになれ、だ。そう遠くない未来に、「オチを考えずにここまで書いてきたので、ここから先は君に任せた」と機械任せに来る日がくるかもしれない。しかしそこに更に割り込んで「君の書いてくれたオチでは駄目だ。私が書き直す」と言ってやる。

「ではもらっていきます」汚い字で書き上げた原稿を吉川がひったくるようにして持っていく。編集者という職業は、その未来でも生き残っている気がした。

(1,989字)

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