【あなたが、まだ名前をつけてないもの】
私たちは、生まれた瞬間から、たくさんの名前を覚えて生きています。
空。
海。
花。
犬。
猫。
嬉しい。
悲しい。
成功。
失敗。
名前を覚えることで、世界は少しずつ理解できるようになります。
しかし、その一方で、私は思うのです。
本当に大切なものほど、実は名前がありません。
誰かを好きになる気持ち。
「あれは恋です」と言えば、それで説明した気になります。
でも、本当にそうでしょうか。
恋という一言では言い表せない想いがあります。
尊敬。
安心。さ
憧れ。
懐かしさ。
切なさ。
全部が混ざったような感情があります。
それなのに、私たちは「恋」という名前をつけた瞬間、その複雑さを見失ってしまいます。
仏教では、執着の原因の一つは「分別」だと言われます。
これは、物事を区別し、名前をつけ、「これはこういうものだ」と決めつける心です。
もちろん、それが悪いわけではありません。
社会では必要です。
しかし、その分別が強くなりすぎると、本当の姿が見えなくなることがあります。
例えば、あなたは今の自分に、「失敗した人」「病気の人」「仕事が続かなかった人」そんな名前をつけていませんか。
でも、その名前は、本当にあなたなのでしょうか。
それは人生の一部分であって、あなた自身ではありません。
桜には「桜」という名前があります。
でも、春風の匂いには名前がありません。
夕焼けを見た時に胸が熱くなる気持ちにも、名前はありません。
子どもが眠っている姿を見て、自然と笑顔になるあの感覚にも、名前はありません。
名前がないからこそ、美しいものがあります。
哲学者は、答えを探す人ではありません。「本当に、それでいいのか。」そう問い続ける人です。
私は最近、自分の心にも同じ問いを投げかけています。
これは本当に怒りなのだろうか。
これは本当に孤独なのだろうか。
これは本当に絶望なのだろうか。
そう考えていくと、どれも少し違う気がしてきます。
名前を外した瞬間、心は少し自由になります。
赤ちゃんは、世界を名前で見ていません。
ただ光を見ています。
風を感じています。
音を聞いています。
だから、小さなことにも目を輝かせます。
大人になるにつれて、私たちは「知る」代わりに、「感じる」ことを少しずつ忘れていくのかもしれません。
あなたの人生にも、まだ名前をつけていないものがあるはずです。
誰にも説明できない喜び。
理由のない安心。
言葉にならない涙。
それは、名前がないから価値がないのではありません。
むしろ、名前では表せないほど、大切なものなのです。
私は六十四年生きてきました。
苦しみも経験しました。
病気もありました。
何度も人生をやり直しました。
その中で気づいたことがあります。
人生で一番大切なものは、辞書には載っていません。
言葉にした瞬間、少しだけ違うものになってしまうからです。
だから今日、私は無理に名前をつけることをやめようと思います。
分からないものは、分からないままでいい。
説明できない感動は、そのままでいい。
それでも確かに、心は動いています。
もしかすると、その「まだ名前をつけていないもの」こそが、あなたらしさなのかもしれません。
追記
この記事は、の8月のお題です。

Photo & philosophy donchan
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