なぜ「ペットホテル」ではなく「もう一つの家」なのか
わたしがやりたいのは、ペットホテルではない。「もう一つの家」だ。
きっかけは、立派な理念ではない。シュナのうんちである。
## 段取りは完璧だった(と思っていた)
トリミング。日中預かり。1泊。順番に慣らしていった。だから2泊は大丈夫だと思っていた。預けるとき、スタッフさんに「うちの子、けっこう社交的なので」と言った記憶もある。言ってしまった。
2日目の朝、LINEが来た。
シュナが、下痢まみれになっていた。スタッフさんが見つけて、拭いてくれて、別料金でシャンプーをしてもいいか、という確認だった。
わたしは駅のホームにいた。泣いた。
料金のことではない。お腹は痛くなかったか。あの綺麗好きが、汚れた体のまま朝まで過ごしたのか。家では、数えるくらいしかうんちを踏んだことがない子だ。
返信は「お願いします」だけ打った。それ以上、何を書けばいいのかわからなかった。
スタッフさんは何ひとつ悪くない。悪いのは、段階を踏めばストレスがなくなると信じていたわたしだ。
段階を踏んでも、ストレスはかかる。ゼロにはならない。あの朝、そう思い知った。
## 3日目の朝、「諦めて」ご飯を食べる
親戚の犬の話をさせてほしい。Vくんとする。
Vくんの飼い主が、しばらく家を空けなければならなくなったときのこと。Vくんは親戚の家に預けられた。初めての家ではない。普段から飼い主と一緒に遊びに行っている家だ。においも、人も、知っている。
それでもVくんは、ご飯を食べない。
玄関で待つ。ドアが開くたびに顔を上げて、違う人だとわかると、また床に伏せる。それを丸2日続けた。
3日目の朝、ようやくご飯を食べた。
お腹が空いたから、ではないように思う。諦めたように、わたしには見えた。
この話を聞いてから、考えが変わった。犬にとって預け先は「知らない場所」か「知っている場所」か、ではないのかもしれない。「帰れる場所」か、「帰れない場所」か。知っている家でも、帰れないあいだ、Vくんは玄関に座っていた。
## 飼い主が絶対に元気だと、誰が保証してくれるのか
飼い主が家を空ける理由は、旅行だけじゃない。事故も病気も、こちらの予定を聞いてくれない。ひとりで飼っていても、家族がいても、同じだ。「うちの子は絶対に大丈夫」と言い切れる飼い主は、いないと思う。わたしも言えない。
この気づきのあと、わたしは健康診断の予約を取った。自分のことは何年も後回しにしていたのに、犬のためだと思ったら10分で申し込めた。
犬のために野菜を食べる。犬のために寝る。犬のために酒を減らす。飼い主の体調管理は、飼い主だけの問題ではないと、今は思っている。それでも、人はある日突然倒れる。だから怖い。
## 帰って来られる場所を作りたい
だから、預ける場所ではなく、帰って来られる場所がいる。
一泊いくらの箱ではなく、その子の一生のどこかで「ここも家だった」と思える場所。犬が3日目に諦めなくていい場所。飼い主に何かあっても、続く場所。
わたしはそれを作りたい。まだ資格も、物件も、経験もない。だから今は土台を固めている。調べたこと、迷ったこと、試算して青ざめた数字まで、ここに書いていく。
あの日のLINEのトーク画面を、今もたまに開く。「お願いします」の下に何か書き足したい気がして、開いて、閉じる。
なぜ、noteで発信をはじめたのか、と言う部分について、文藝春秋さんのコンテスト応募に際してまとめました。
