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Directorガビ。技術者ガビ

遠いほうの喫煙所に行くようになって、前田と話す機会が減った。
彼を避けているわけではない。
R&Dという新しい部署で頑張っている彼にとくに話すことはない。

ひと月ほど前。
「ファイナンスがわかる技術者になりなさい」
と、初めて彼に口出ししてしまった。
彼の人生に介入するのはもう十分だ。

2日前のこと。
めずらしくガビが喫煙所にきた。
ガビは、R&D技術開発チームのDirectorで前田の新上司である。
声をかけようとしたら、彼女の後ろに前田がついてきていた。
思わず体を引いた。

おまえら、いつのまに煙草仲間になってんだよ。
いやガビは煙草を吸わない。
どうして喫煙所に。

ふたりに気づいていないふりをしつつ、ふたりの会話に耳を傾けた。
話題はすぐにわかった。
新たなEU規制に対応するバッテリー技術の話をしているようだ。
しかし詳細までは私には理解できない。

前田がガビに何やら技術的な説明をしている。
ガビは静かに聞いていたが、前田の説明を聞き終わって、ただ二言。
「技術的には可能。でも認証が通らない」

ぷっ。
思わず吹き出しそうになった。
前田、瞬殺。
彼のことだからEU規制について調べまくったはずだが、具体的にどんな設計が規制に抵触するのかまではAIは教えてくれないのか。
それを数秒で判断するガビの慧眼よ。

前田が落ち込んだのがエアで伝わってきた。


次の日。
“喫煙所に行きませんか?近いほうの”
と前田からチャットが入った。
やれやれ。ガビの愚痴でも言いたいのかな。

喫煙所で、前田がイラつくように煙を吐いていた。
「昨日、遠いほうの喫煙所にいましたよね」
「ああ」
「何なんですかあの人」
「ガビのこと?」
「このチームで彼女が一番技術に強いんです」
「そりゃそうだ。だからDirectorなんでしょ」

そういうことじゃなくて、と前田は言いたげだ。
「彼女、開発のアイデアも腐るほど持ってるのに、自分ではやらずに部下にやらせています。自分が一番うまくやれるのにですよ」

そんなことはガビが一番よくわかってるさ。
ガビだって本当は自分でやりたいんだと思う。
しかし周りがそれを許さない。
Directorの仕事じゃないから。
これをどう説明すればいいのかな。

「前田さん。ガビの経歴を知っていますか?」
「・・・いえ」
「彼女はドイツのFH卒。日本の高専みたいなものです。あなたのようなピカピカの工学修士の学位を持っていません」
「それが?」
「ドイツ工場のメカニックとして採用されたそうです。私がドイツでコントローラだった頃、彼女はトップエンジニアになっていました」
「・・・・・・」
「技術の腕が認められて、ジュネーヴの技術開発チームから声がかかったとき、私に相談してきましてね。自分は現場が好きだから、本社には行きたくないって言うんです」
「それでなんて答えたんですか?」
「行きなさいって」

なぜ?という顔を前田はした。

「私自身、同じ問題で悩んでた。このまま一生財務屋で終わるのか、マネジメントとして上を目指すのか」
「〇〇さんはどっちを選んだんですか?」
「当時は、上に行きたかった。だからガビにも上に行ってほしいと思った。実際、彼女はDirectorまで昇った。技術を見る目と人を見る目を併せ持つ人だから当然です。でも、彼女がそれで幸せだったかどうかは、正直わかりません」

最強の技術者がDirectorになり、技術の開発に直接手を下さなくなった。
技術者は、いつまで技術者でいられるんだろうね。
学ぶのは技術だけじゃない。
技術者としてどの道を行くか。
ガビは最高の先生だと思うよ。


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