1970年代フェミニズムと自由の代償──『飛ぶのが怖い』から読み解く、女性たちの本音 ─ 夏の読書会でたどる、女性と自由のものがたり②
ベストセラー作家エリカ・ジョング氏による『飛ぶのが怖い』は、愛と自由の狭間で揺れる心の奥を描いています。
今を生きる私たちが、何を恐れ、何を選ぶのか──読書会を通じて見つめ直すこの夏。
1970年代フェミニズムと自由の代償──『飛ぶのが怖い』から読み解く、女性たちの本音「女らしさ」とは何か
夏の読書会でたどる、女性と自由のものがたりへ、ようこそ!
冷たいレモナータでも片手に、お話ししませんか。

選択に満ちた日常の中で、私たちはどこへ向かっているのか?
日々の仕事に追われながらも、ふとした瞬間に「この人生、本当に私が望んだものだったのだろうか?」と立ち止まることがあります。
2025年の今、私たちは “自由” という言葉を手にしたように見えますが、その内側にある孤独や責任に、少しずつ気づき始めているのではないでしょうか。
祖母、母、そして私自身──三世代を通じて紡がれてきた問いを、あらためて読み直すときが来ているようです。
歴史背景
──1970年代、フェミニズム第二波の胎動
1970年代初頭、アメリカでは「第二波フェミニズム」の潮流が社会全体に広がっていました。「性の解放」「自己決定権」「女性の主体性」──こうした言葉は、当時の先鋭的な女性たちにとって、自分自身を語り直すための大切な鍵となっていたのです。
しかし実際には、こうした動きが社会的な反発を招き、ウーマンリブ運動の一部は内部対立や路線の違いによって分裂・弱体化を余儀なくされました。
アメリカ社会が一枚岩のように進歩したわけではなく、保守的な価値観による根強い抵抗は、今も続いています。エリカ・ジョング氏の『飛ぶのが怖い』(1973年)は、まさにそんな時代のなかに登場しました。
性愛や自由を描いたことで、大きな話題を呼び、称賛と非難の両方を集めましたが、ジョング氏自身が目指したのは「挑発」ではなく、女性が自分の内面にある葛藤や不安と向き合うための物語でした。
一方、日本では高度経済成長の終盤を迎え、女性の大学進学率が上昇し、働く女性も増えていました。しかしその実態は、「腰掛けOL」「花嫁修業」といった言葉に象徴されるように、結婚退職を前提とした社会的通念に縛られていたのです。性や愛について自由に語ることは限られており、フェミニズムは一部の知識層の間でのみ議論されるテーマでした。
アメリカでも日本でも、1970年代の女性たちは「もっと自由に生きたい」と心の奥で願いながら、その自由がもたらす責任や孤独、周囲の視線、自分自身の不安と向き合わなければなりませんでした。
こうした揺らぎや葛藤は、決して過去のものではなく、国や時代を越えて、今を生きる私たち一人ひとりに、静かに問いかけてくるのです。

著者・著書紹介
彼女はなぜ“語る”のか──著者の軌跡と思想

エリカ・ジョング氏は、1942年生まれのアメリカ人作家。1973年に発表された『飛ぶのが怖い』は、性愛や自由、愛や結婚の意味について赤裸々に描かれ、世界的なベストセラーとなりました。
女性の欲望が文学の中で語られることはこれまで少なく、とくに当時の保守的な社会では、そうした作品は「スキャンダル」と見なされる傾向がありました。
しかし、ジョング氏は、センセーショナルな挑発のために筆を取ったのではなく、女性が自分自身の内側にある欲望や不安、葛藤と向き合うための物語を書きたかったのです。タイトルの“飛ぶのが怖い”は、単なる飛行機恐怖症を指す言葉ではありません。
自由を手にすること、愛に向き合うこと、依存を断ち切って生きていくこと──そうした選択に伴う「怖さ」を象徴しているのです。
自由には、責任と孤独がついてまわります。私たちは無意識のうちに、その重さを恐れているのかもしれません。ジョング氏の作品は、こうした普遍的な人間の感覚を、鮮やかに描き出しています。
ブッククラブ|対話パート
対話が始まる──読者と作品の交差点

🎬 登場人物:ブッククラブメンバー
ナオミ(バブル世代・人事部マネジャー)
マコト(氷河期世代・法務部課長)
アイ(ミレニアル世代・マーケティング部チームリーダー)
モエ(Z世代・新卒入社2年・総合職)
アイ:“飛ぶのが怖い”って、自由になるのが怖いってことなんでしょうか。
ナオミ:そうね。当時の女性が『私はこう生きたい』って言うこと自体、すごく勇気がいったのよ。仕事でも、恋愛でも、冒険でも、“女性の野心”って見られると、すぐに叩かれた。
モエ:今だって、“強い女”とか“キャリア優先なんでしょ”とか決めつけられると、正直しんどいです。自由に生きようとすると、“じゃあ一人で頑張りなさい”って突き放されるような。
マコト:自由って、結局、孤独と表裏一体なんだと思う。昔も今も、自由を選ぶってことは、誰のせいにもできない状況に身を置くことだから。
アイ:恋愛や家庭、職場の関係にかかわらず、『こう生きたい』『こうありたい』って自分一人で思うこと自体が、当時の女性には許されない空気があったんですね。誰かのパートナー、誰かの家族、誰かの部下──関係性の中でしか存在を認めてもらえない不自由さ、というか。
ナオミ:そうよね。会社に守られている間は安心だけど、それは本当に自分の人生?って問いかけられると、ギクッとするわ。
モエ:私たちZ世代も、“自由に生きたい”ってよく言うけど、正直、不安な人が多い気がします。SNSで自由に見える人ほど、実は不安を抱えてたりして。
“自由に生きたい”と願う一方で、私たちは何を恐れているのだろう。
キャリア、恋愛、家族──何を手放し、何を選ぶことが『自分らしさ』につながるのか。
あなた自身の『怖さ』は、どこにあるだろう。
マコト:世代を超えて共通してるテーマなんだろうね。“飛びたいのに、怖い”って感覚は、僕たちの時代にも確かにあったし、きっとこれからも続く。
アイ:“自由になること”って、実は“怖さを抱きしめること”なのかもしれないですね。
ナオミ:その怖さに気づいたときが、本当の意味で、自分の人生が始まるのかも。
マコト:……大事なのは、“怖くないふり”をすることじゃなくて、その怖さとどう付き合うか、なんだろうな。
📝 ポイント
“選ぶこと”の根底にある哲学
自由・孤独・連帯──揺らぎにこそ宿る人間性
『飛ぶのが怖い』が照らす「自由への怖さ」は、哲学的には実存主義の根幹に位置するテーマです。ジャン=ポール・サルトル氏は「自由とは呪いでもある」と言いました。自由とは選択し、責任を負うこと──他者や社会の庇護から離れ、“自分で在る”ことの重さを意味します。
また、心理学的には「依存からの自立」は発達課題であり、恐れはその成熟過程の一部です。エリカ・ジョング氏が描いたのは、まさに「自由という名の不安」をどう抱きしめるかという、人間の根源的な問い。
対話パートの言葉たちは、この“怖さ”を回避せず、あえて正面から見つめる勇気の物語になっています。それは単なる過去の女性たちの物語ではなく、「今を生きる私たち」が何度でも出会い直すべき内面風景なのです。
問いは続いてゆく──“私たちのこれから”へ
あなたにとって、自由とは何だろう。
誰かを愛すること、挑戦すること、ひとりで立つこと。
「飛ぶのが怖い」と感じるとき、私たちは本当は何と向き合っているのだろう。
恋愛、家庭、職場──私たちは関係性の中で生きている。
でも、その中で「こう生きたい」と願う自分自身の声を、そっと横に置いてしまってはいないだろうか。
この夏、ひとつだけでも、自分の心の声に耳を傾けてみませんか。
❔ 問いかけ
✔ あなたが怖いのは、どんな「飛び方」ですか?
✔ 自由って、誰の目から解放されたときに感じますか?
✔ その孤独、ほんとうに“孤独”ですか?
夏の読書会でたどる、女性と自由のものがたり シリーズ
第2回 ▼
第3回 ▼
自立したい。でも誰かに助けられたい──コレット・ダウリング『シンデレラ・コンプレックス』
自由の時代に生きる私たちの中に潜む“依存の影”。
その正体を見つめます。
いかがでしたか?
次回もお楽しみに! 何かヒントやきっかけになればうれしいです。
with all of my thanks and friendship💛
ご参考
代表的なライフサイクル論は男性の研究者による男性をモデルにした概念。Man=男性というより、Man=人間ととらえられているのかもしれません。 ラジオ # 13では女性との共通点、相違点をご説明しながら、日本の働く女性にとっての人生の転換期と課題を中心に語ります👇
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