見出し画像

「自意識過剰」がやめられない……新卒1年目の胸に響いた暴言とは? │『嫌われる勇気』

こんにちは、ダイヤモンド社新入社員のSです🐤

前回、前々回にわたって、ダイヤモンド社内での人気No.1暴言アクスタを『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』からそれぞれご紹介してきました。

しかし!  全8種もある暴言アクスタの魅力は、社内の人気投票だけでは語り尽くせません。

今回は私、新入社員Sが独断と偏見で選んだ、個人的なMVB(Most Valuable 暴言)を発表させてください!

青年と哲人に挟まれながら、真剣に選びました!


それではさっそくですが、私が選んだMVBはこちら……!

「まるで監視カメラでも設置しているかのような言葉ですね!」

『嫌われる勇気』p.226

こちらの暴言アクスタ、青年の真顔のインパクトと、絶妙な皮肉がマッチしていてお気に入りなんです。
使い勝手もかなり良さそう。学生気分を引きずった例で恐縮ですが、「厳しい顧問の前だけシャキッとする部活の友達」の隣でこっそり持ちたい……そんな妄想が膨らみます。

でも、私がこれを選んだのは、単に見た目がシュールで面白いからではありません。
このセリフが飛び出した『嫌われる勇気』の哲人と青年の対話が、新卒1年目として働く今の私の心に深く刺さったからなのです。

『嫌われる勇気』から、暴言誕生の瞬間を覗いてみましょう。

■ 「自意識にがんじがらめ」な青年に、共感しかない

ここでの青年と哲人の対話のトピックは、「自意識」について。
「『わたし』に執着するのをやめて『他者への関心』に切り替えよ」と説く哲人に対して、青年は同意はするものの、実践は難しいと反論します。その理由として青年は、「自分に自信が持てないからこそ、自意識過剰になってしまうのだ」と自己分析するのです。

哲人 あなたはどんなときに、ご自分が自意識過剰であると感じますか?

青年 たとえば会議のとき、なかなか手を挙げられない。「こんな質問をしたら笑われるかもしれない」「的外れな意見だと馬鹿にされるかもしれない」と余計なことを考え、躊躇してしまう。
いや、それどころか人前で軽い冗談を飛ばすことにも、ためらいを覚えてしまう。いつも自意識が自分にブレーキをかけ、その一挙手一投足をがんじがらめに縛りつけている。無邪気に振る舞うことを、わたしの自意識が許してくれないのです。

『嫌われる勇気』p.224

青年のこの気持ち、正直かなりわかります。
私も、まさに「こんな基本的なこと聞いていいのかな…」と手が挙げられなくなるタイプです。
入社してすぐ参加したExcel研修で、終盤には今何を計算しているのかさえわからなくなり、隣の同期の操作を真似るロボットと化していたのは苦い思い出……。
青年の自意識、全く他人事とは思えません!

ここで哲人は、「人間は、過去の「原因」に突き動かされる存在ではなく、現在の「目的」に沿って生きている」と考えるアドラー心理学の視点から、青年に鋭い問いを投げかけます。

哲人 あなたは無邪気な振る舞いにブレーキをかけることで、なにを得ようとしているのでしょうか?

青年 笑われたくない、馬鹿なやつだと思われたくない、その一心ですよ。

哲人 つまり、あなたは無邪気な自分、ありのままの自分に自信を持てていないということですね? そしてありのままの自分による対人関係を回避しようとされている。きっとあなたも、部屋のなかにひとりであれば、大声で歌ったり、音楽に合わせて踊ったり、威勢のいい言葉を発したりできるはずですから。

青年 へっへっへ、まるで監視カメラでも設置しているかのような言葉ですね! けどまあ、そうですよ。自分ひとりであれば自由に振る舞えます。

『嫌われる勇気』pp.225-226

ここで登場しました、「監視カメラ」!
対話を重ねるなかで、哲人が青年のパーソナリティを完全に見透かしたからこその、名暴言。 いやはや、哲人の観察眼、恐るべしです。

■ ひとりなら誰もが「王」になれる。じゃあ、人前ではどうする?

本来なら、暴言の誕生シーンを目撃できたところで記事を終えてもよいのですが、きっと気になるのはここからですよね。どうすれば自意識の束縛から逃れられるのか……私も、青年と自分があまりにも重なりすぎて、哲人の返答を読まずにはいられませんでした。

もう少しだけ、二人の対話を追ってみましょう。

哲人 ひとりであれば、誰もが王のように振る舞える。要するにこれも、対人関係の文脈で考えるべき問題なのです。「無邪気な自分」がいないのではなく、ただ人前でそれができないというだけのことですから。

青年 では、どうすればいいのです?

哲人 やはり、共同体感覚です。具体的には、自己への執着(self interest)を他者への関心(social interest)に切り替え、共同体感覚を持てるようになること。そこで必要になるのが、「自己受容」と「他者信頼」、そして「他者貢献」の3つになります。

『嫌われる勇気』p.226

自己受容」と「他者信頼」と「他者貢献」……!
アドラー心理学の本質を掴むうえで絶対に欠かせない、重要キーワードが一気に出てきました。焦らず、一つずつ理解していくことが大切そうです。

まずは最初の「自己受容」。これって、最近よく耳にする「自己肯定感」とはどう違うのでしょうか? 青年もすかさず、私と同じ疑問をぶつけてくれます。

青年 それは、もっとポジティブになって自己肯定感を強く持て、何事も前向きに考えろ、ということですか?

哲人 ことさらポジティブになって自分を肯定する必要はありません。自己肯定ではなく、自己受容です。

青年 自己肯定ではない、自己受容?

哲人 ええ、この両者には明確な違いがあります。自己肯定とは、できもしないのに「わたしはできる」「わたしは強い」と、自らに暗示をかけることです。これは優越コンプレックスにも結びつく発想であり、自らに嘘をつく生き方であるともいえます。

一方の自己受容とは、仮にできないのだとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくことです。自らに嘘をつくものではありません。

『嫌われる勇気』p.227

なるほど! ということは、Excel研修中に私が同期の操作を完コピしてやり過ごしていたのは、できない自分から目を背けるための、必死の「自己肯定」だったんだ……と気づき、冷や汗が止まりません。
「自己肯定」と「自己受容」の違い、見栄を張って空回りしがちな新卒1年目の身にとても深く染みます……。

自意識にがんじがらめな状態を解く道は、まだまだ長そうです。「自己への執着」をどうすれば「他者への関心」に切り替えることができるのでしょうか。残された二つのキーワード「他者信頼」と「他者貢献」については、ぜひ『嫌われる勇気』p.230以降を読んで確かめてみてくださいね。



「完璧じゃない自分」を無理に大きく見せる必要はない。できない自分をそのまま受け入れることから、すべては始まる──。

はじめはシュールな暴言だと思って笑っていたこの「監視カメラ」のアクスタですが、今では自意識過剰になりそうな自分を省み、そっと背中を押してくれる存在になりました。

いつか、先輩の前でも「大声で歌ったり、音楽に合わせて踊ったり、威勢のいい言葉を発したり」できるように(?)。まずはわからないことは素直に「わからない」と言うところから、一歩ずつ仕事を覚えていきたいと思います。

祝・MVB!

みなさんもぜひ、こちらの暴言アクスタをお手元に置いて、自意識を見つめ直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか?

以上、新入社員Sがお送りしました📮