『火刑法廷』|犯行現場の「見取り図」を作成しました
ジョン・ディクスン・カー原作
ミステリ史に燦然と輝く幻想怪奇ミステリー小説「火刑法廷」
被害者はどんな部屋で過ごしていたのか?
読んだ方ならお分かりでしょうが、犯行現場の部屋のイメージがつかみにくい!
ネット上では多くの方からも「見取り図があると分かりやすい」といった意見が見受けられ、私もネットで調べたのですが見つかりませんでした。
そこで自分なりに見取り図を作成してみました。(今後に読む方々の参考になれば幸いです)
まずは普段の部屋の状況。


★ここからネタバレ★ その夜、部屋はどのように変化したのか?
次に、犯行時の部屋の状況。
有名な「人物が壁をすり抜けて消失する」トリックです。
★図表の丸数字と、解説文章の箇条番号が対応しています。

① 最初に被害者(マイルズ・デスパード)が、鏡ののった机を部屋の反対側の壁まで移動させた。
この時、クルーズの絵を看護婦の部屋につづく扉にかけた。
また、もたれの高い椅子は(不意の入室を防ぐため)看護婦の部屋の扉につっかい棒がわりに置いておいた。
これらの作業が、事件当夜か?それ以前か? 具体的な日時は不明。

② 事件当夜、目撃者(ヘンダーソン夫人)は、サンポーチの端にあるガラス戸からカーテン越しに、被害者の部屋を覗いている。
③ 犯人がヒ素の入った飲み物を被害者に飲ませる。犯行を終えたのち、看護婦の部屋へ歩き出す。※まだこの段階では看護婦の部屋の中に入っていない。

④ 机上の鏡に、犯人の姿がしだいに写りこんでくる。(正確には「看護婦の部屋に通じる扉」と「クルーズの絵」を背景として、犯人が鏡の中に登場してきたイメージか?)
「椅子」は、つっかい棒としての置き方によっては、鏡には写っていないと思われる。
⑤ 目撃者の視線の先に、上記④(扉とクルーズの絵を背景とした犯人)が浮かび上がる。
ベッド脇のライトだけが点灯した状態(壁を照らすライトは消灯)なので、目撃者は自らが見ている人物が、机上の鏡の中の映像であることは知らない。

⑥ 犯人が、看護婦の部屋へ入る。
⑦ 目撃者からは(⑥の挙動が)視線の先にある人物があるはずもない扉を開けて出ていったように見えた。
⑧ 被害者はその後、机とクルーズの絵などを元通りの位置へ戻した。(ヒ素が体内に入った状態で、そのような力作業をしたため、直後に苦しみだした)
なんかモヤモヤするのは私だけでしょうか?
小説を批判するつもりはないのですが、何となく腑に落ちない点があります。
小説では、この鏡を「机の上の鏡」という文章で表現しています。
私は”机の上にのっかった小さな鏡”をイメージしていて、これだと顔のほかに肩口が見えるか見えないかといった程度のような気がします。
でも目撃者の「人物が扉から出ていった」という証言から、おそらく原作者J.D.カーは、ドレッサーのようなものをイメージして執筆したのかもしれません。
目撃者が「人物が扉から出ていった」ことに驚いたのであれば、我が目を疑いさらにじっと視線の先を見つめたはず。
いくら暗かったとはいえ、鏡の存在に気づかないはずはないでしょう。
このトリックは、被害者の事前の行動(①鏡の移動)が大前提となるため、トリックとしてはかなり都合の良い状況に思えてなりません。
おまけに被害者自身の行動(⑧鏡の配置を戻す)で、トリックの状況を消し去っている。
そもそも犯人としては、扮装(ルイ14世が寵愛したモンテスパン夫人の扮装)した状態で犯行をおこなうことで、その扮装から想起させる第三者に濡れ衣を着せることが目的だったはず。
なので、このトリックは犯人にとっては、副産物的な状況を生んだといえます。(もともと犯人は、鏡の存在すら認識していなかったのかも?)
物語が進むなかで、何度も部屋(犯行現場)の説明がありますが、終盤のトリックの解説シーンで初めて「鏡」という言葉が飛び出してきてびっくりしました。
ちょっとアンフェアじゃない?と気持ちになりました。
世間はなぜこのトリックに無関心なのか?
この鏡のトリックについては、驚くほどネット上では論じられていません。(多くの読者はあまり興味がないのか? そもそも理解不能であったのか? わざわざ解説するほどではないという判断なのか?)
おそらく世論の中心は、小説全体を漂う幻想的な雰囲気や、エピローグにある怪奇的な場面(=事件の核心)に集中しているという印象を受けました。

