『ハイコンテクスト文化』に傾倒?
意味が分かるような分からないようなカタカナ語が記事タイトルに付けられていますね。もし仮に〔定義〕をどこかからコピペする⇒”目新しいワード”の紹介が主旨の記事だと受け止められてしまう のは本望ではなく…🙊
専門用語的なものでありつつも「それが持つ意味」は歳月と共に慣用的に拡がりが見られる…ということは起こりがちで、ここはひとつ、(本稿の主旨から、)”やんわりと”捉えてもらうようにしましょう🙇
~この領域に造詣の深い人に「それ、誤認🙅♂️」と指摘されないように控えめに提起したいところなのですが(◎_◎;)
◆『ハイコンテクスト』
イメージとして、詳細まで文字や言葉に含めて表さず簡潔化し、文脈や雰囲気を読み取るスキルを発揮し合うことで、「皆(/全部)まで言わなくても」なやり取りを基本/前提とするようなスタイル… なコミュニケーションでしょうか🤔
最も身近であろう連想例が、LINEのようなメッセージアプリでの極めて端的なやりとり📩
貴方も認識されている通り、何かにつけ現代社会はかなりこれに寄っていますよね?
いわゆる『マルハラ』(≒文尾に"。”を付けるスタイルは嫌われがち)のような事象とは少し趣が違っていて、日本語の構成として根本的に簡略化して/語句を省いて発するのが日常茶飯事。ガチガチの文章にせずに”単発”感が大きいですよね!🤣
そしてさらにお察しの通り、その「端折り」が、仕事その他の肝心な伝達場面において弊害が生じる、というマイナス要素が少なくありません。
「察してよ」「言わなくても分かるでしょ?」「当たり前のことを細かく言わせるのか!」・・・などと、場面によって様々なニュアンスでの”抵抗”が見受けられがちなのですが、ミスコミュニケーションがあっても省みることがないような風潮になってしまうとなれば由々しき事態です😰
~ここでは《書き言葉》にかぎったことではなく、《話し言葉》においても共通です。
具体例を挙げるとすれば・・・
◆主語と目的語を欠落しすぎ◆
仕事現場において、経過報告であるとか、業務のポイントについて確認をする際、発言者が【肝心要の要素をもらす】傾向にあると感じます。
3者以上が絡む際に、『誰が誰に対して』の部分は、(現状の慣習よりも)くどいくらいに丁寧に添えた方が無難である、と言える場面が多い☝
もちろん、その人の説明スキルに依るものも大きいのですが、「未熟であるから」とは別の要件が伴っているように思います。
すれ違いや誤認によるエラーを防止する意味でもあれば、円滑な遂行のために、これもある種の〔生産性〕水準でもあります。
語句不足が原因で主旨が的確に伝わらない場合、発言を遮って確認作業をしなければなりません。こちらの想像力だけで傾聴し続けたとしても、途中で「自分の理解と噛み合っていない」ことを察したら早急に修正しなければ逸脱が酷くなるばかりです。
そもそも、聞き手に対し、【翻訳に神経を使わせてしまう】ような話しぶりは褒められたものではありません(~_~;)
そのような観点や経験からも、『ハイコンテクスト』の対義語である『ローコンテクスト』への重心変更/意識切り替えを推奨したい、と。上記例を気づき機会として提起いたしたく🙇

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