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マントヴァ紹介 2. 建築編(アルベルティとサンタンドレア聖堂)

① はじめに

前回は、ジュリオ・ロマーノのパラッツォ・テを通して、マニエリスムについて見ていきました。

古典建築のルールを知ったうえで、あえて「ズラす」。
前回の記事↓

では、ジュリオ・ロマーノが崩した「古典的な美」とは、一体どんなものだったのでしょうか?

今回見ていくのは、マントヴァの中心に建つサンタンドレア聖堂。

設計したのは、ルネサンスを代表する建築家、レオン・バッティスタ・アルベルティです。

「調和」や「比例」、「秩序」といった、ルネサンス建築の考え方が強く表れた建築でもあります。

今回はこのサンタンドレア聖堂を実際の写真を見ながら、アルベルティが目指した「古典的な美」とは何だったのかを見ていきたいと思います。

② サンタンドレア聖堂とは?

マントヴァの中心、現在のマッテオ・マンテーニャ広場に建つサンタンドレア聖堂。

この場所にはもともと、キリストの血とされる聖遺物を祀る教会があり、多くの巡礼者が訪れていました。そこでゴンザーガ家のルドヴィーコ2世が、より大きな聖堂を建てることを計画します。

その設計を任されたのが、レオン・バッティスタ・アルベルティ
実はこのアルベルティ、建築家としてだけでなく、建築について体系的に論じた『建築論』を著した人物でもあります。

古代ローマの建築を研究し、比例や秩序、調和といった建築の原理を理論として整理したアルベルティ。

つまりサンタンドレア聖堂は、単に「古典的なデザインの教会」ではありません。

アルベルティが考えた建築の理想が、実際の建物として現れたものでもあるんです。

https://drowbypen.com/wp01/lbalvel1/
より

それはさておき、サンタンドレア聖堂は1472年に着工し、実際の工事は建築家ルカ・ファンチェッリによって進められました。アルベルティ自身は着工直前に亡くなっているため、現在の建物には後世の変更も加えられています。

それでも、ファサードから身廊、巨大な樽型ヴォールトまで、アルベルティが考えた「古代ローマの建築を、ルネサンスの建築としてつくり直す」という考え方を強く見ることができます。

では、まずはその特徴が一番分かりやすい正面のファサードから見てみましょう。


③ まずは外観を見てみる

では、まずサンタンドレア聖堂の正面を見てみましょう。

https://travelitalia.com/it/mantova/basilica-di-sant-andrea/?utm_source=chatgpt.com
より

一見すると、かなり古典建築らしい建物に見えませんか?

中央には大きなアーチがあり、その両側には巨大な柱。
その上には水平に伸びるエンタブラチュアと、三角形のペディメントがあります。

まるで古代ローマの建築を、そのまま大きくしたようにも見えます。

実際、このファサードには古代ローマの凱旋門と神殿建築の要素が組み合わされています。中央の大きなアーチは凱旋門を、巨大な柱とペディメントは古代の神殿を思わせる構成です。

でも、ここで少し考えてみてください。

なぜ、教会の正面に「凱旋門」があるのでしょうか?

凱旋門とは、もともと戦争などで勝利した人物や軍隊を称えるためにつくられた門です。

これはベルリン、パリ広場にある凱旋門

つまり、簡単に言えば、

「勝利」を象徴する建築。

それをアルベルティは、教会の正面に持ってきました。

では、キリスト教の教会にとっての「勝利」とは何でしょうか。

ここで重要になるのが、サンタンドレア聖堂に祀られている「キリストの聖血」です。
当時、この聖遺物を求めて多くの巡礼者がマントヴァを訪れていました。

アルベルティは、その聖遺物を見せるための行列が、この大きなアーチを通って教会の中へ進んでいくことを意識していたと考えられています。

つまり、この凱旋門は単なる「古代ローマっぽいデザイン」ではありません。

古代ローマの「勝利」の象徴を、キリスト教における「死に対するキリストの勝利」へと置き換えている。

こう考えると、サンタンドレア聖堂の正面が少し違って見えてきませんか?

そして、アルベルティの面白さはここからです。

この「凱旋門」という考え方は、外観だけで終わっていません。

大きなアーチをくぐって中へ入ると、今度はその考え方が、建物の内部そのものに広がっていることが分かります。

では、実際に中へ入ってみましょう。


④ 中に入ってみると…

入り口から祭壇を見る

中に入ってまず驚くのが、この圧倒的な広さです。

一般的な教会を思い浮かべると、左右に柱が並び、その奥に祭壇があるような空間を想像するかもしれません。

ところが、サンタンドレア聖堂では少し違います。

中央に巨大な空間が一本通り、その両側に礼拝のための小さな空間が並んでいます。

そして、その上を覆っているのが、巨大なヴォールトです。

ヴォールトとは、簡単に言えば、アーチを奥へ連続させてつくった天井のこと。

サンタンドレア聖堂では、このヴォールトが非常に大きなスケールでつくられています。

天井を下から見る

天井を見上げてみると、その大きさがさらによく分かります。

格子状に見える部分は格間(ごうま)と呼ばれる装飾で、巨大な天井にリズムを与えています。

でも、ここで外観をもう一度思い出してみてください。

正面にあった、あの大きなアーチ。

実はあれと同じような「アーチ」という要素が、教会の内部にも繰り返し現れているんです。

左右の壁を見ると、大きなアーチと、その間に小さな礼拝空間が並んでいます。

つまりアルベルティは、

「外観だけ古代ローマ風にする」

ということをしているわけではありません。

外側で使った建築の考え方を、内部の空間構成にまでつなげているんです。

そして、ここでもう一つ面白いことがあります。

この教会には、昔のキリスト教会でよく見られるような、中央空間の両側にずらっと柱が並ぶ「側廊」がありません。

その代わりに、左右には大きな礼拝空間が設けられています。

この構成は、古代ローマの巨大なバシリカ建築を思わせるものでもあります。

つまりアルベルティは、古代ローマの建築をただ真似したのではなく、

古代ローマの建築が持っていた「大きな人の集まりを受け入れる空間」という考え方まで取り入れた。

そう考えると、この巨大な空間にも少し違った意味が見えてきます。


⑤ 「古代ローマ」をどう再現したのか

ここで一度、外観と内部をつなげて考えてみましょう。

アルベルティが目指したのは、古代ローマの建築をそのまま復元することではありません。

実際、サンタンドレア聖堂を見ても、古代ローマの建物と完全に同じものがつくられているわけではありません。

では、アルベルティは一体何を参考にしたのでしょうか。
ポイントになるのが、「形」ではなく「建築の考え方」です。

古代ローマの建築では、大きなアーチやヴォールトを組み合わせることで、それまでにない巨大な内部空間をつくり出していました。

アルベルティは、そうした古代ローマの技術や空間構成を研究し、それを15世紀のルネサンス建築として組み直したのです。
つまり、

「古代ローマの建物を真似する」

のではなく、

「古代ローマの建築が、なぜこのような空間をつくったのかを考える」

ということ。
ここが、アルベルティの面白いところです。

⑥ まとめ

今回は、サンタンドレア聖堂を通して、アルベルティが古代ローマの建築をどのように読み替え、ルネサンスの建築としてつくり直したのかを見てきました。

前回のパラッツォ・テでは、古典建築のルールをあえて「ズラす」ジュリオ・ロマーノのマニエリスムを紹介しました。

今回はその少し前の時代に戻り、古典建築を研究し、その「調和」や「秩序」を新しい建築として組み立てたアルベルティを見てきました。

こうして二つの建築を続けて見ると、同じ「古典」を扱っていても、その向き合い方が全く違うことが分かります。

そして、ここまで建築を見てくると、少し気になることがあります。

なぜ、マントヴァという一つの都市に、これほど多くの歴史的な建築が集まっているのでしょうか?

次回は建物から少し離れて、マントヴァという「都市」そのものを見てみたいと思います。

湖に囲まれた独特の地形や、ゴンザーガ家による都市づくり。

建築と建築の間にある、「街」そのものの魅力を歩きながら考えてみます。

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