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短編小説『悲しみの風景』

 誰もいない部室。三月の光がにじむ。卒業式を終えたざわめきが校庭から響く。
 『文化祭に恋して』と題する写真を真彩はパネルからはずす。四つ切サイズのモノクロ四枚の組写真。全国高校総合文化祭に進んだ真彩の作品だ。卒業証書とともに手提げ袋に入れると鍵をかけた。

 高二の文化祭で、親友の明菜にモデルを頼んだ。明菜は表情がくるくる変わる。それが演技ではなくて素だから、たった四枚でストーリーに仕立てるにはうってつけのモデルだった。明菜がカメラを意識しないよう物陰から隠れてシャッターを切り続けた。
 全身を入れた一枚と表情に迫ったアップを二枚、文化祭の全景をとらえた一枚の四枚組で作品に仕上げた。

 真彩は校舎裏に向かう。三月の風がボブカットの髪を乱す。
「遅くなってごめん」
 花壇の前で男女が二人待っていた。真彩の彼の裕司と明菜だ。
「部室に取りに行ってて」
 手提げから写真を取り出す。
「総文全国大会出品の新進気鋭の女子高生カメラマン。その彼氏って、俺、すごくね?」
 裕司が明菜に向かっておどける。
「真彩みたいな彼女は裕司にはもったいないんだからね。だいじにしなよ」
 明菜が腕を組んで、裕司をにらむ。
「二人に受け取ってほしいんだけど」
 明菜のアップの写真を裕司に、明菜には文化祭の全景の写真を差し出す。
「えっ!」二人は目を白黒させる。
「いやいや。そんなたいせつな作品……」
 裕司は口ごもり、明菜に、なあ、と同意を求める。
「裕司は彼氏だからいいけど。あたしなんて、ただのモデルじゃん」
 明菜も顔の前で両手を振る。
 真彩はふっと息をもらす。
「ほら、早く、受け取って」と写真を二人に押しつける。
 三月の風が頬をなで、シマトネリコの梢をざわつかせる。
「もう、演技しなくていいよ」
 明菜がぽかんとする。真彩の言っていることがわかりません、という顔。その自然さに騙されたんだよね、と真彩はため息をつく。
「あんたたち付き合ってるんでしょ、この文化祭から」
 さあああっと風が通り過ぎる。
「な、なに言ってる。俺の彼女は真彩だろ」
 こいつは、本当に演技が下手。あきれるくらい。
「写ってるんだよね、ほら、ここ」
 明菜が手にしている全景写真の隅を指さす。
 校舎の陰でカップルが向き合い顔を寄せ合っている。小さくてはっきりとはわからないが、キスしているようにも見える。
「それは広角だからわかりにくいけど。望遠でも押さえてるから」
 望遠レンズでクローズアップした写真を取り出す。裕司と明菜がキスしているようすがきっちりと写されていた。高校生の甘酸っぱいシーンだ。
 裕司は絶句して震える。
 一方、明菜は仮面を脱ぎ捨てたのか。清々しいくらい不敵な笑みを浮かべていた。
「でね。この四枚の組写真をあらためて見てほしいの」
 明菜の全身をとらえた一枚目の写真を二人に見せる。
「明菜の視線の先をたどると、ほらね」
 真彩が指を写真の上に斜めに走らせる。その先にはたこ焼きの屋台前で売り込みをする裕司がいた。
「このときは、さすがにまだ気づかなかったんだけどね。次で、あれ?ってなった」
 二枚目は明菜のアップの写真だ。なにげない横顔は、看板を持って歩く裕司を追っている。
「で、その三枚目」と、真彩は裕司に押しつけた写真を指さす。
 明菜は正面を向き、はじけるように笑っている。その笑顔を右斜め後方から裕司が見つめている。
「裕司が見惚れた明菜の笑顔の写真を進呈するよ」
 嫌味をほんのりとふりかける。私もたいがい意地悪ね、と真彩は苦笑する。でも、最後にこれくらいは許されるよね。
「最後がこれ。キスしてハッピーエンド」
「でしょ」っと、二人の顔を覗き込む。
「審査員も気づいてたんじゃない。よく見ると、恋が成就するストーリーになってるって。だから、全国大会まで進めたんだよ」
 二人は口をつぐんだままだ。裕司は耐えきれずに、顔をそらしている。「そんなつもりで撮ったんじゃなかったんだけど。おかげで私は総文の全国大会に出場できた。ありがとう」
 風がまた梢を鳴らす。
「私と裕司が付き合いはじめたのが高二の春から。明菜とは二年の秋からだから、ほとんどかぶってたんだよね」
 真彩はため息をつき大きく伸びをする。
「お、おまえ、気づいてたんなら、言えよ……」
 語尾が力なく風に掻き消される。
「裕司が別れを切り出してくるか待ってたよ。明菜もよく我慢したよね」
 裕司は口を開けたまま呆然と立ち尽くし、手にした写真の端を無意識にぐしゃりと握りしめている。
「この写真は私にはいらないし、こんな嘘っぱちの恋もね。カメラがあれば十分。ファインダーは真実を教えてくれるもの」
 残りの二枚の写真をびりびりと破く。二月の風がたちまちに巻き上げる。
 真彩は踵を返すと、背中越しに二人に手を振る。
 足もとの花壇ではアネモネが揺れていた。

<The End>(1962字)

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花澤薫様主催の「タイトルから書く文芸賞(悲しみの風景)」に参加いたします。2作目です。


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