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【読書記録】乗り越えられない悲しみにどう向き合うか。伊与原新『月まで三キロ』


「乗り越えられない悲しみというのが、この世にはあるんですねえ」

『月まで三キロ』伊与原新 新潮文庫 P.48

私はときどき想像してしまう。

「もし突然、妻が亡くなったら」

想像するだけで胸が張り裂けそうだが、生きている以上、避けられないことだ。
きっと私は意気消沈し、何も考えられず、もしかしたら妻がいるところに自らも行ってしまうかもしれない。少なくとも、行きたいと思うことには違いない。
優しくてユニークで、私の欠けた部分を埋めてくれる大切な彼女が突然いなくなってしまうこと。
その筆舌に尽くしがたい悲しみと辛さを、果たして私は乗り越えられるだろうか。

『月まで三キロ』
人生に絶望し死を選ぼうとする男性と、タクシー運転手が一夜を過ごす短編だ。死という重い背景がある物語ではあるが、軽やかでテンポの良いその筆致にグイグイ引き込まれた。

悲しみは乗り越えるべきものなのか。乗り越えるとはどういうことなのか。その存在を忘れて人生を歩みだすことなのか。読後、このことについてひたすら考えた。

人はいつか亡くなる。
「不確実な出来事全部詰め込んじゃいました!」という、テレ東の番組名みたいな理不尽極まりないこの世界において、唯一絶対と呼べるものだ。

しかし私は、この無常で空虚な世界で、人生の運を使い果たしたといっても過言ではないほど最愛の妻に出会えた。
結婚した時、私は死を恐れた。死にたくない、死んでほしくないと思った。だが決して避けられないその事実とどう向き合っていけばよいのか。

会って、話して、想いを伝えることだ。それ以外にない。
感謝や共感といったポジティブな言葉はもちろん、話しづらいことも打ち明ける。
手を伸ばせば届き、声が聴ける距離にいるうちに。

意見が合わなくても理解されなくても、たとえその言葉が本心でなくても、「生前聞けなかった」という事実には勝る。

それでも私は、妻を失った悲しみを乗り越えられる自信はない。いや、乗り越えない。引っ提げる。引きずって引きずって、線を描く。やがてそれは彼女の輪郭になるだろう。
あの時彼女はこんなことを考えていたな、こんな感情を抱く人だったな。そう思いながら、彼女が去ったこの世界を生き抜いていくのだ。

乗り越えられない悲しみを受け止めながら、それでも生きていく人間の姿に、私たちは救われる。この本を読んで感じたことの一つだ。

「綺麗ごとだ」と思う自分もいる。
いくら仲が良く、生涯愛し合うと誓った存在でも、会話をすることが億劫な日があるのは当然だ。喧嘩をした日には顔すら見たくなるだろう。時には「いなくなれ」と言いたくなることもあるかもしれない。

しかし、ふと立ち止まって考えてみるのだ。

その大切な存在は、その距離は、果たして月よりも遠いだろうか。

この本を先に読んでいた妻が涙していたため、「期待のバー」の高さが、走り高跳びのそれから棒高跳びのそれへと上がってしまったが、優に超えてきた。

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