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スキとコメントで街を守る

古い記事を、たまに読む。

そういう時、俺は、つい確かめてしまう。
——この人は、まだ、書き続けているのかと。
まだnoteをやってくれているか、と。


投稿主のページを開く。コメントを残した人の、ページも開く。
最終更新の日付を、見てしまう。


なぜ、そんなことをするのか。
なんだか、その人がnoteを辞めていると、勝手に寂しくなるからだ。


プロフィールに、「毎日更新します」と書いてある、アカウントがあった。


——最後の投稿は、八ヶ月前だった。

別の記事の、コメント欄。「次も楽しみにしてます!」と、
誰かが書いていた。二年前の、日付のまま。返事は、ない。

看板は、出したまま。灯りだけが、消えている。

前に、俺はnoteを「通り道」だと書いた。
読者は、通り過ぎていく、通行人だと。


だとしたら、もう更新されないアカウントは
——人がいなくなった後の、廃墟の街だ。


「毎日更新します!」の文字だけが、誰も歩かない通りに、ぽつんと光っている。

人は、なぜ、書くのをやめるんだろう。


簡単だ。書いたものが、読まれていない、と感じた時だ。
そこで、心が、折れる。

書き始め


最初は、壁打ちのついでだった。誰に読まれるとも思わず、
ただ、頭の中を、吐き出していた。
読んでくれたらラッキー、と思いながら。

それが、ある日。


スキが、ついた。コメントが、ついた。
メンバーにまで、なってくれた人が、いた。

誰かが、俺を見ていた。——これは、紛れもない、事実だ。

その事実が、俺の灯りを、消さずにいてくれた。

そして何より。素の自分を見てくれている人がいる、と分かった時。
俺は改めて、本音で書けるようになった。
思っていることを、言葉にしていいんだ、と。

——この街は、俺が、俺のままで、いられる場所だ。

だからこそ、俺は。



読んだ記事が、いいと思ったら即スキを押す。
何か感じたら、些細でも、コメントを残す。

これは、優しさじゃない。エゴだ。

俺のフォローしている人、必死にnoteを書いている人の記事。
その俺の宝物が、消えるのが嫌なんだ。


俺が、俺でいられる、この街を、廃墟にしたくない。

だから今日も、俺は誰かの記事を開く。

あ。好きっで、スキを押す。

コメントを置いていく。

俺は宝物を守っていく。

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はる|六畳の観測者 コーヒー代にします。 あ、溜まったら焼肉に行かせてください....!!