短編小説『投げやりな恋』#アマノ文筆クラブ

投げやりな恋
楽屋のソファで、イチノセがぐでっと寝転がっていた。
台本を胸にのせたまま、天井を見てぼそっと言う。
「ハヤシ。恋って、練習せな上手くならんのかな」
「……彩乃ちゃんか?」
イチノセは眉をひそめて、寝返りを打った。
「ちゃうわ。あの人は練習相手やない。本番でスベったんや」
「恋でスベるな」
「しゃーないやん。笑い取るつもりで告白したら、“今のおもんな”って言われた」
「評価されてるやん」
イチノセは苦笑した。
「俺な、真面目に『ずっと一緒におりたい』って言ったら、
“ネタみたいなこと言うな”って返されてん」
「芸人の悲しき宿命やな」
「せや。ほんまに言いたいときほど、笑われるんや」
俺は思わず吹き出した。
この男は、どんな失敗もネタに変えてしまう。
けどその笑いの裏に、少しだけ本気の傷を感じた。
「それで『投げやりな恋』って言葉、浮かんできたんや」
「お前の恋愛観、タイトル先行すぎるわ」
「せやけどええ響きやろ。“投げやりな恋”。なんか俺らっぽいやん」
「またポエム漫才か」
「ポエムちゃう、実話や」
イチノセはそう言って笑った。
その笑顔は、照明に照らされる前から、もう舞台の顔になっていた。
***
ライトがつく。
舞台の空気が一瞬で変わる。
俺たちはマイクの前に立った。
「どうも、《ネジ曲がり》ですー!」
客席に拍手が広がる。
イチノセが軽く会釈し、俺の方をちらっと見た。
――いつもの合図だ。
「なあイチノセ、“投げやりな恋”って知ってるか?」
イチノセがすぐに返す。
「知っとるで。想いをソフトボールみたいに投げる恋やろ」
「いやスポーツすな!」
「ほな硬球やな」
「もっと痛いわ!」
会場に笑いが広がる。
その笑いを受け止めるように、イチノセが語り出す。
「恋って、最初はやさしくキャッチボールやん?
でもそのうち、相手が返さんようになる。こっちは全力で投げてんのに」
俺は肩をすくめた。
「なんか重いな」
「ほんで最後は、“受け取ってくれへんのかー!”って叫びながらぶん投げるんや。
――それが“投げやりな恋”や!」
「お前の恋、警察沙汰やん!」
笑いが弾けた。
ライトの中でイチノセが、少し遠くを見るように言った。
「でもな、投げやりって悪いことばっかちゃうで。
本気で投げたもんは、どっかで誰かに当たる」
「名言っぽく言うな、怖いわ!」
「それが“恋の流れ弾”や」
「やめろ、被害者出るやつ!」
笑いが波のように押し寄せる。
イチノセはその中で、どこか照れくさそうに笑った。
「俺も昔、好きな子に思いをぶつけたことある」
「ほう、青春やな」
「“好きです!”って書いた紙飛行機、職員室の窓にぶち当たった」
「場所間違っとるやん!」
「校長が読んで、“わしも好きじゃ”って返ってきた」
「どう返せばええねん!」
客席が爆笑で揺れる。
イチノセは少しだけ目を細め、静かに続けた。
「でもそれ以来、俺、恋を諦めた」
「投げやりな人生かい」
「ちゃうねん。投げたら風が運ぶんや」
「またポエム始まったな」
「“愛ってのは、キャッチされんでも空を泳ぐ”」
「詩人か!」
「“不時着するまでが恋や”」
「墜落事故やないか!」
笑いと拍手が混ざり合う。
イチノセは少しだけマイクに近づいた。
「けどな、恋って完璧に届かんからええんや」
「また“未完成の美学”か?」
「せや、“未到達のロマンス”や」
「新ジャンル生まれんな!」
会場が静まる。
イチノセが最後の言葉を投げた。
「つまり、“投げやりな恋”ってのは――まだ投げ続ける勇気のことや」
「急に真面目やな」
「届かんくてもええ。届くまで投げ続けたらええねん」
「純愛やな」
「つまり――これが“投げ売りな恋”や!」
「投げやりより安っぽいやんけ! もうええわ! ありがとうございましたー!」
笑いと拍手。
ライトがゆっくり落ちていく。
***
舞台の照明が落ち、拍手の音が遠ざかる。
久しぶりに、手応えのあるステージだった。
楽屋へ戻る廊下で、イチノセが缶コーヒーを片手にニヤついていた。
「ハヤシ……今日、ウケたな!」
「そやな。たまにはお前のポエムも役に立つんやな」
「おう。やっぱり俺には漫才や!」
イチノセは笑いながら、空の缶を軽く放った。
カラン、と乾いた音が響く。
「彩乃のこともキレイさっぱり忘れるわ!」
「おお、前向きやな」
「もう女はええ。これからは、風俗で心を学ぶ!」
「どんな修行法やねん!」
二人で吹き出した。
笑いが落ち着いた頃、俺は缶を見つめながら呟いた。
「……投げやりな恋やな」
イチノセは少し照れくさそうに笑った。
「せやな。でも、それでええねん。スベっても笑えたら勝ちや」
「よう言うわ。お前、恋も漫才もスベるの上手いな」
「芸人の才能や!」
二人の笑い声が、まだ熱を残した舞台の方へゆっくりと溶けていった。
あとがき
アマノ文筆クラブのお題「投げやりな恋」に参加させていただきました。
“投げやりな恋”と聞くと、最初に浮かんだのは、自暴自棄になったり、どうでもいい態度を取ったり、「誰でもいい」みたいな恋のことでした。
でもそれって、本当に“恋”と言えるのか?――そう思った瞬間、恋愛小説として書く気が一気に萎えてしまって(笑)
そこで登場してもらったのが、漫才コンビ《ネジ曲がり》の二人、イチノセとハヤシです。
彼らに漫才のネタとして“恋”を語らせると、不思議と筆が進む。
恋の話なのに、恋の話じゃない。
どこか照れくさくて、でもちゃんと本音がにじむ。
この“漫才フレーム”って、実はめちゃくちゃ強いんですよね。
設定説明もいらないし、唐突に始まっても「漫才のネタなんだな」とわかってもらえる。
しかも漫才には“オチ”があっても、“結末”はいらない。
楽屋パート→漫才本編→楽屋パートで、物語としても綺麗にまとまる。
書き手としても、読者としても、ちょうどいい余韻が残る構造だと思います。
イチノセとハヤシは、これからも色んなテーマをネタにして、笑って、スベって、また立ち上がっていくと思います。
漫才の中で、彼らなりの人生や恋や希望が見える――そんなシリーズに育てていけたら嬉しいです。
🎙宣伝パート🎙
🎤この作品が少しでも笑えたら、「スキ」「フォロー」「コメント」で応援お願いします!
イチノセとハヤシの“ネジ曲がり漫才”は、まだまだ続きます。
恋も人生もスベってなんぼ。笑いながら立ち上がる二人を、次も見届けてください。
🚴♂️連載中の『配達員ろること2号』では、フードデリバリーの裏側やちょっと不思議な日常を描いています。
漫才とはまた違う“リアルと非日常のキャッチボール”を楽しんでいただけたら嬉しいです。
🕊️Xでは、フーデリ話・小説・AIイラストなども投稿中。
お気軽に話しかけてくださいね。あなたの一言が、次の“ネタ”になるかもしれません。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するXユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、
特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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