吹奏楽を聴いて小説を書き、シャンプーで曲を作る私は、ただの『言語化上手』じゃなかった話|「共感覚」を紐解く壮大な旅の記録(1)
はじめに:シリーズ全4回の(1)です
これから始まる物語は、「私って、共感覚の持ち主なのかもしれない」と思った35歳独身女性(中学校教員を休職中)が、その疑り深い性格から、何度も自分に問いかけ、何度も自分に実験をした、3日間の壮大な思考の旅の記録である。
なお、書かれていることは全て現実に起きたことである。
にわかに信じがたい、驚くようなことも多々書かれているが、本人が一番驚いているので悪しからず……。
1.瞑想レッスンがきっかけだった(前回までの復習)
ーー2025年11月18日火曜日
私は、衝撃的な発見をした。
・・・自分には「共感覚」に近い能力があるかもしれない。
きっかけは、ローラ先生の瞑想レッスンだった。
人生初の瞑想体験。
そこで、私には蘇った記憶があった。
・・・・・
⭐️小学校の近くの酒屋の記憶
小学校の近くの鈴木酒店というお店に、たくさんの酒瓶の蓋が落ちていた。
私はそれを手に取って眺めては、「この瓶は、誰に飲まれたんだろう」「どんな人が、この瓶を持って、この場所まで来たんだろう」と想像していた。
他の友達が、蓋をコマにして遊んでいる中、"蓋に描かれた絵"や"蓋の形状"から勝手に物語を想像していた私……。
友達に話したら「虚言癖」と言われ、それ以来、想像の話をするのはやめてしまった。
・・・・・
「この記憶が意味するもの」がわからないまま、今度はランチ会へ。
そこでも、初対面のYさんとGさんのイメージが頭の中に浮かび、それを伝えたら、驚くほど当たっていた。
YさんにはR&Bの音楽とワゴン車のイメージ、そして移動するイメージが強くが浮かんだ。
実際、Yさんはsuzukiの工場でワゴン車を作っていた経験があり、洋楽もよく聞くとのこと。バックパッカーだった時代もある(現在はコーチ業をしている)。
Gさんには明るいオレンジに紫の芯、そしてストリングスのイメージが浮かんだ。
実際、Gさんは作曲の際に必ずストリングスを入れるよう指示したことがあり、自己犠牲的な価値観から、ご自身を「おかん」と名乗っていた。
こうした出来事が積み重なり、私は帰宅後AIの相棒(ClaudeとChatGPT)に相談。
すると、両者とも私が「共感覚に近い能力」を持っているというのだ。
今まで「脳のノイズ」だと思っていた
小学生の頃に「虚言癖」と言われ、いじめられそうになったことから、それ以来、私はこの能力を「封印」しようとしてきた。
「これは脳のノイズだ」
「やるべきタスクの邪魔になる」
「また変な人だと思われる」
そう思って、ずっと蓋をしてきた。
いや、正確に言えば「気にしないようにしてきた」のだ。
何かが浮かびそうになっても、できる限りスルーしよう。
何かが浮かんだとしても、できる限り忘れよう。
そう思って30年間生きてきた。
でも、違った。
これは「虚言癖」でも「脳のノイズ」でもない。
「共感覚」っていう「才能」なんだ。
この「才能」を活かせば、誰かを感動させたり、驚かせたり、納得させたりできる。誰かの感情を動かして、ビジネスにも繋げられるかもしれない!
そして、私は腹を括った。
ビジネスをやるのなら、自分の能力の本当の価値を見定めないで、安易に価格設定はできない。「共感覚」という観点で、もう一度自分の人生を洗いざらい見つめ直してみよう。
こうして、「私の壮大な思考の旅」は幕を開けたのであった……。
2.色紙のメッセージにヒントがあった
・・・っていっても、どこから人生を振り返れば良いのやら…
モヤっと考えながら部屋を見渡していると、ふと目に入ったものがあった。
離任の時に、吹奏楽部の生徒からもらった色紙。
その色紙を手に取り、おもむろに開く。
昨年度まで勤めていた中学校。7年間働いた。
顧問として、何度もコンクールの舞台で指揮を振った。
毎日、ミーティングを終えて階段を降りる時の雑談が楽しかったな〜。
文化祭でドラムも叩いた。
ピアノもコントラバスも弾いたっけ……
色々な思い出がブワ〜っと蘇る中、じっくり読んでみると、
「あーる先生(仮)、3年間ありがとうございました」
「部活、楽しかったです」
そんな定番のメッセージの中に、こんな言葉が隠れていたのに気づく。

「音楽を表現したい時に発せられる、先生の独特の例えにいつも笑わせてもらっていました!」

「合奏の時の例えがおもしろくて楽しくて毎週の楽しみでした」
・・・「合奏中の独特の例え」??
このキーワード、写真を載せた2人だけでなく、何人も書いてある。
「合奏中の面白く的確な例えを聞き、先生の明るくユーモアあふれる一面を知ることができました」なんてメッセージもあった。
私は、はっとした。
・・・そうだ。私、合奏の時によく例えを使っていたんだ!
私にとっての普通が、生徒にとってのユニークだった
私は学生時代、吹奏楽部に所属していたが、中学校の時はコントラバス、高校の時はパーカッションを担当していた。
つまり、管楽器をやったことがない。
そしてもちろん、指揮をしたこともない。
ヤマハ音楽教室に通っていたのでピアノは弾けるっちゃ弾けるのだが、それもほぼ耳コピで、未だに楽譜を読んでいてもわからないことだらけ。
そんな私が何十人もの生徒を相手に、土日の合奏で曲を作りあげ、まとめあげ、コンクールをはじめとする大舞台に出なければならない。
そんなプレッシャーのかかる中、私が自然とやっていたこと。
それは、曲のイメージを例えて伝えることだった。
「そこのトランペットはさ〜、もっと明るい感じなんだよね。ほら、例えば、年の初めに初日の出って見に行くでしょう?あれを海岸沿いで見つめてる感じだよ。眠気が一気に覚めるようなやつ。ああいうイメージでお願いしたいな」
「そこのフルートのスタッカートの吹き方、すごくいいんだけど、もっと鋭い感じが欲しいな。今のままだと、モヤッとしてるでしょ?綿飴みたいに。そうじゃなくて、例えば、その綿をギュッと人形に詰めたような密度が欲しいんだよね。ほら、ちょうど〇〇さんの譜面台についてるストラップのキーホルダーみたいにさ〜」
「わお!そのリズムの刻み方だと、ゾウが地面を踏んづけたみたいになっちゃう。でも、この曲はサバンナじゃなくてもっとオシャレなカフェみたいな感じでしょ?だから、例えるなら、バスケットボールをドリブルするときのつき方で刻んで欲しいよ」
新しい曲に取り組むとなった時、私はまずCDなりYouTubeなりで模範演奏を聞き、自分の頭の中にイメージを持つ。それを、スコア(全ての楽器の楽譜が一つにまとまったもの)に書き込み、合奏に臨んでいた。
そして実際に生徒の出す音を聴いて、頭の中に浮かんだイメージと照らし合わせて、言葉にして伝えていた。
私にとっては、毎回これが普通のこと。
だって、私には、音楽を聴くと、映像が浮かぶから。
色が見えるから。
物語が始まるから。
だから、それをそのまま言葉にして伝えただけ。
「みんな、こうやって曲聴いてるんじゃないの?」
そう思って、演奏者と指揮者が見ている景色を統一することで、曲としてのまとまりを出そうとしていたのだ。
・・・でも、生徒たちにとっては、「独特」だったんだな。
だから、そんな私の合奏を「面白い」「的確」「楽しみだった」と言ってくれたんだ。
これも、"「共感覚」という才能がポジティブに働いた例"なのかも……。
3.奇跡のタイミングで電話
そんなことを考えていると、一つのLINEが。
「久しぶり。今って、電話できる?」
スマホの画面を見てビックリ。
なんと、昨年度まで一緒に吹奏楽部をやっていたS先生からだった。
S先生は私と同じタイミング(今年の4月)で異動し、今も吹奏楽部の顧問を続けている。休職する直前、私がお忍びで助けにいって、S先生の生徒さんにアドバイスをしたこともあったっけ……。
電話の内容は教員特有の悩み(また後日これも記事にします)。
ひとしきり話した後、私の今の現状も説明。
そこで、話題に出たのが「天井画鳳凰」の小説の話だった。
天井画鳳凰のオリジナルストーリー
「天井画鳳凰」は、私とS先生のコンビでコンクールに初めて挑戦した時の曲。ソプラノサックスのソロから幕を開け、拍子木や締め太鼓なども登場するドラマチックな7分間の楽曲だ。
私は、この曲をコンクールでやるとなった時、1度聴いただけで物語が思い浮かんだ。
一人の大人が、人生に迷っている。
そこで、天からメッセージが届いた。
いつの間にか江戸時代にタイムスリップ。
戦乱や飢饉などを乗り越えて、気づく。
自分が未来の時代に生きている意味に。
(注:実際にはA4用紙両面埋まるぐらいの物語なのですが、データが学校のパソコンに入っているため、ここに載せることができません💦)
私は、その頭に思い浮かんだ物語を小説にして、イメージ画像までつけて、カラーコピーして、部員全員に配ったんだった。
コンクールに挑む、全員でこの曲のイメージを共有するために。
普通の人にはできないこと
S先生:「あの時のあーる先生、ちょっと目を離した隙に書いてなかった?」
私:「まあ、そうですね」
S先生:「あーる先生の強みは、すぐに文章が思い浮かぶところ。普通の人には、曲聴いて一瞬で物語を書くなんてできない。ビジネスをやるなら、そこで絶対に差別化できると思うよ。『私ならすぐやれます!』って」
・・・他の人には、すぐ思い浮かばないことも、私なら思い浮かぶ?
これも「共感覚」なら説明がつく。だって、私には音楽を聴いた瞬間に見えてるんだもん。イメージ映像が。
曲を聴いて、物語が浮かぶ。
それを小説にする。
これは、他の人にはできないことだったんだ。
私にしかできないことだったんだ。
そして、それが、生徒たちの演奏を深める助けになっていた。
「共感覚」は、教師時代にも活かされていたんだ。
S先生との電話を切った後、私は改めて思った。
「封印していたつもりが、実は、ずっと使っていたんだ。」
「教師として、生徒に音楽を教える時に。」
「ただ、自分がそれを『才能』だと気づいていなかっただけなんだ」
4.140ある記事を読み直す
電話が終わって、夜の9時すぎ。
でも、私の過去を振り返る旅は、終わる気配がない。
・・・休職してから書いたnoteの記事を、全部読み直してみよう!
そこにも、「共感覚」がポジティブに発揮された場面があるかもしれない。
私は、MacBookをもう一度開いて、noteの記事一覧を表示した。
ちょうどピッタリ、140記事。
7月から約5ヶ月、これだけたくさん書いていたんだ。
私は、人気順に読み直すことにした。
9687回読まれた「岩手旅行【前編】」
⭐️「岩手旅行【前編】」の記事はこちら
私がnoteで書いた記事の中で、なんといっても一番人気なのは10月に書いた「岩手旅行」の記事。
その中でも【前編】が、ずば抜けて読まれており、現在、9,687ビュー。
記事の後半、イギリス海岸と呼ばれる川からの帰り道に、たまたまApple Musicで宇多田ヒカルの「あなた」が流れて、その音楽が状況とリンクして泣いてしまうシーンがハイライトと言える。
川が轟々と流れている情景、宇多田ヒカルの「あなた」という音楽、一人旅で歩く私の頭「宮沢賢治と自分の物語イメージ」。
私にとって、見ている景色と音楽と物語が一緒になる、結びつく、それで感情が動いて泣いたり、喜んだりすることは自然なこと。
でも、他の人にとっては貴重な経験に思えるようで、だから、この記事がいまだに読まれ、支持されているようだった。
マーケティングをやっている友人に言われた言葉。
「この部分があーる先生にしか書けないから、これだけビュー数が伸びている」
有益な旅行情報はこれっぽっちもない。
でも私の感覚のユニークさが、みんなに支持されている。
・・・一人旅の最中にも、「共感覚」がポジティブに発揮されていたんだ。
5.記事にできていない川越旅行
実は、この岩手旅行の数日前、10月1日・2日に埼玉旅行もしていた私。
(岩手の記事を書いてすっかり満足した私は、川越旅行をほったらかしにして今に至る…💦)
もちろん一人旅で、お目当ては「川越食べ歩き」と「角川武蔵野ミュージアム」だった。(すみません、ここで1日目の写真紹介します💦)

「時の鐘」

おすすめのハンバーガー屋さん
めっちゃ美味しい&
店員のお兄さんが気さく!


1日目、雨に打たれながら沢山歩いて、限界突破。
川越東武ホテルのベッドに寝っ転がる。

また泊まりたい。リピ確。
そこで、たまたまドラッグストアで見つけて買っていたBOTANISTの「SANTAL」というシャンプー・トリートメント・オイルのセットのパウチのやつがあったので、使ってみることにした。

シャンプーとトリートメントを使った後に、
あまりの衝撃で写真を撮りました。
ホテルのシャワーで、まずはシャンプーから。
パウチを開けて、泡立てて使ってみると・・・
・・・なんだ、この香りは???
泡と水が目に入らないように、しっかり目を閉じるから、余計に映像が鮮明になる。
そして、気づいたら、髪の毛を乾かしている間に、曲ができていた。
パロサントの香り包まれて
明日のことはもう忘れよう
目を閉じれば広がる世界
鼓動が教える次への期待
サンダルウッドが味方する
離れられないこのSANTAL
Close your eyes
静寂に身を預けて
落ちる満ちる
ひたるしみる
光の中 泳ごうふたり
森の奥で重なるくすり指
気づいてたよ指輪外したの
囁きは風に溶けていく
秘密の歌を響かせる
サンダルウッドが味方する
離れられないこのSANTAL
Close your eyes
静寂に身を預けて
ふれるかわす
果てるわらう
光の中 泳ごうふたり
いいじゃない? feeling信じて
わたしが誰だってそんなこと
悪くない? music奏でて
あなたが誰だってそんなこと
「言語化する力」ではなく、「感覚の段階から人と違う」
・・・なぜ、シャンプーで髪の毛を洗っただけで曲ができるのか。
私にとっては、そんなに大したことじゃないけれど、他の人にとってはすごいことらしい。ここで、少し難しい話をしたい。
よく、人から「あーる先生って"言語化する力"がすごいね」と言われる。
例えば、「天井画鳳凰」の小説を1時間で書いたって聞いたら、
例えば、noteの記事を140以上書いたって聞いたら、
大体の人が、まずそう言うと思う。
もちろん、私もその力を信じて、つい昨日まで「ライフストーリーテーリング伴走者」として起業することを一心に考えていた。
でも、「共感覚なのかも?」という視点でこれまでの人生を振り返って気づいた。
「言語化する力」ではなく、「感覚の段階から人と違う」んだと。
6.あらゆるものから「物語」を受信する
これまでの人生を振り返ってわかったこと。
まとめると、私はこんなことができる。
・音楽 → 物語
・人 → 物語
・飲み物 → 物語
・空間 → 物語
・シャンプーなどの香り → 物語
・アート作品(絵画や立体作品など)→ 物語
そして、さらに、
・人 → (物語をイメージ)→ 音楽
・飲み物 → (物語をイメージ)→ 音楽
・空間 → (物語をイメージ)→ 音楽
・香り → (物語をイメージ)→ 音楽
・アート作品 → (物語をイメージ)→ 音楽
これらが全部、リアルタイムでできる。
・・・いや、正確に言うと、「できる」というよりも、リラックスして環境が整っていて、放っておいてもらえれば「勝手にそうなる」のだ。
「翻訳する方向」が複数ある
つまり、私の能力をフローチャートにするとこう。
【入力(インプット)】
あらゆる「五感で感じるもの」
↓
【中間層(私の頭の中)】
「物語」=映像が勝手に流れる
(色、音、情景、ストーリー、感情、全てが一体になって浮かぶ)
↓
【出力(アウトプット)】
言葉(noteの記事、小説、詩)
音楽(曲)
両方(歌詞ありの曲)
7.脳内の物語が原因だった
そして、この一連の流れは「努力してできる」のではなく、「自動的に起きる」こと。
もちろん、私は国語教師だから「言語化する力」も普通の人よりかはあると思うし、吹奏楽部顧問で楽器経験者だから「作曲する力」も普通の人よりかはあると思う。でも、それだけだと説明がつかない。
「天井画鳳凰」の小説を1時間で書けたのは、「言語化する力」よりも、「曲を聴いた瞬間に物語が浮かんだ」から。
「グレープティーグルト」の曲を作れたのは、「作曲の力」よりも、「飲んだ瞬間に物語が浮かんで、それを音楽に翻訳した」から。
「ローラ先生のテーマソング」を15分で作れたのは、「作曲の力」よりも、「ローラ先生の物語が浮かんで、それを歌詞と音楽に翻訳した」からです。
これが、私の本質なんだ。
「共感覚」よりしっくりくる言い方
だから、私は、「共感覚」という漢字3文字だけで自分の能力を説明するのはやめようと思った。
「共感覚に"近い"能力」
または、
「感覚翻訳家」
あらゆるもののイメージを五感で感じとり、物語を受信して、言葉や音楽に翻訳する人。
35年も生きていて、このことに今更ながら気づいた。
小学生の頃の記憶。
教師時代の「独特の例え」。
休職してからのnoteの記事。
音楽制作。
全部、「イメージの翻訳」だったんだってことに。
イメージからインスピレーションを受けて創作していたのではない。
イメージから善悪を判断していたわけでもない。
イメージをなるべく素のまま別の形で言い換えるのならどうしたら良いか。正確に翻訳しようとして、ずっと一人で頑張ってきたんだ。
ようやく腑におちて、しっくりきた。
おわりに:それでもまだ信じきれない
と、綴ったものの、疑り深い私は、それでもまだ自分のことが信じきれない。
「自分の能力について、もっと深く知りたい。」
「これは、本当に『共感覚』に近い能力なのか?」
「ただの『想像力が豊かな人』が勘違いしているだけなのでは?」
「ただの『言語化が上手な人』が勘違いしているだけなのでは?」
そこで私は、決めた。
「翌朝、実験をしてみよう。」
「朝ごはんを食べて、そこから何かイメージが浮かぶか試してみよう。」
「もし、本当に『共感覚』に近い能力者なら、何か浮かぶはずだ。」
私は、ワクワクしつつも不安な気持ちでベッドに入った。
「明日、どんな発見があるかな。」
(2)に続く!!
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