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風船が割れた日、息子と一緒に泣き真似をした

「欲しい!」

夜ご飯の時、息子がパパの納豆を指さして、頂戴としてくる。

写真カードの納豆を指差して、同じ「欲しい」。

息子の中で、納豆ブームが続いている。

感情に名前をつける、というやり方

うちは今、息子の語彙を増やすために意識していることがある。

子供の感情を、手話で代弁する。

笑ったら「楽しいね」を手話で。

ご飯を食べて「美味しいね」も手話で。

花を見て「綺麗だね」。

感じたことを、そのまま手話にして渡す。

嬉しい、楽しい、美味しいはすぐ出てくる。

問題は「寂しい」の方だった。

風船が割れた日

風船が、パン、と割れた。息子が風船に全体重を乗せてたらその重みで割れた。

息子は、なんともいえない顔をした。

びっくりでも、怒りでもない。名前のない顔。

まず「びっくりしたね」を手話で伝えた。

そのあと「なくなって、寂しいね」。

びっくり、はまだ息子にはピンとこないらしい。

でも「なくなった」「寂しい」は、ちゃんと届いた。

手をヒラヒラさせて「ない」を表す。

そのあと、泣き真似をする。

私も同じように、割れてびっくりの手話をしたあと、手をヒラヒラさせて泣き真似をした。

二人で、同じ顔で泣き真似をして最後にケラケラ笑う。

これ、研究でも言われてるらしい

気持ちに名前をつけると、子供の中で暴れてた感情がちょっと落ち着く。

そういう研究が、アメリカにあるらしい。

言葉にするだけで、脳の興奮してる部分がスッと収まるとかなんとか。

子育てでも、気持ちを拾って言葉にしてあげた子は、後々の自己コントロールが上手くなる、みたいな話も聞く。

でもそれ、全部聞こえる子供の話なんだけども、たぶん手話でも同じはずだと思う。

気持ちに輪郭を与える道具が、声じゃなくて手話なだけで、やってることは、たぶん一緒。

で、結局「欲しい」の鬼になった

ラベリングのおかげで、感情はちゃんと伝わるようになってきた。

ただ、一番よく出てくるのは「欲しい」だったりする。

ここ最近の息子は、手話で「欲しい」が一番出てくる。

冒頭の話で触れた納豆も、それだ。

写真カードを指差して欲しい、本物を指差してまた欲しい。

それを何度も繰り返す。

一応、欲求や感情をきちんと手話にできているということでもある。

これも一つの成長といえば成長だ。

理屈ではそう納得している。

納得しているんだけど……、結局根負けして「少しだけだよ」と言いながら納豆をあげる。

我ながら甘い親だ。


そろそろ、好きという意味を教えなくちゃ・・・!

納豆外交ファーストコンタクトはこちら。納豆は健康にいいからいいけれども。


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聾黎-Rourei | 聞こえない家族の賑やかな日々を、あるいはいろんなことを徒然なるままに もしこの記事が『タメになった!』『面白い!』と思っていただけたら、少額でも応援いただけると嬉しいです。1杯のコーヒー代だけでも大変嬉しいです。

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